二十話 焔狐
「え?」
あまりの光景で驚きの声を上げる。
ミロクの目の前に写っていたのは、腹部から風穴を開けて血を流しているアイラだった。
「ど……う、して……?」
ミロクは掠れた声で呟きながら右手をアイラへ伸ばす。
アイラは身体を支えることができなくなったのかその身が横に倒れていく。
「うっ……」
アイラの傷は重症で放っておけばその命は尽きるだろうというところまで来ていた。
「おいおい……なんだよ……テメェはバカか?テメェを殺せればオレはそれで十分だったのにヨォ!自ら死にに逝くとはナァ!」
アーゼルは信じられないといった様子でアイラを見つめていたがやがて今の状況を理解していき、高らかに嗤い出す。
「……ほんと…なんで飛び出したのかしら……」
アイラは自嘲気味に笑いながらミロクを見る。
「……あなたが私を助けてくれた時……ほん、とに嬉しかったわ……だから……その、お礼ね……」
「そん、な……」
ミロクは溢れる涙で顔を汚しながらもアイラの傷の処置を行う。
しかし、最早手遅れといったところか、アイラの体力はどんどん低下していく。
「あ……あっ……あ……」
ミロクは手を震わせて泣くことしかできない。
そして壊れたように瞳が虚ろになり始めた。
「ユル……サナイ……」
「あん?」
ミロクはゆらゆらと立ち上がりアーゼルの方を向く。
「お前は……ユルサナイ!」
刹那、ミロクから迸るような魔力が溢れ出る。
ミロクは全身に焔を纏う。
そして、姿も先程とは打って変わったように変化している。
元から長かった耳が更に長くなり、ミロクから生えている尻尾も一本から三本へと変化している。
「⁉︎……まさか……焔狐?」
ユートはミロクの様子を見てそう呟く。
焔狐ーーーそれはミロクの持つ固有魔法で未だミロクが使うことのできないはずの魔法。
(怒りで無意識に発動したのか……?)
今のミロクはどう見ても普通ではない。
まるで獣そのもののようだった。
「おいおい……なんだよその魔力はヨォ……」
ミロクの変わり果てた様子にアーゼルは無意識に後ろへ後退してしまう。
「ッ⁉︎このオレが獣風情に怯えただと……?ありえねェ!」
アーゼルは全身に魔力を纏わせてそう吼える。
「死ネ!」
凄まじい速さで突貫するアーゼルは数秒経たずにミロクの目の前まで迫り、拳を振るう。
しかし、
「ナッ?」
アーゼルの放った拳はミロクの顔を捉えることなくミロクの左手で掴まれていた。
「テメェ……なんちゅう力してやがル!離セ!……ガァァァァ!」
ミロクは掴んだアーゼルの拳を握りつぶすように力を込める。
アーゼルは拳を握りつぶされた痛みで絶叫した。
更に、ミロクは自らが纏っている焔の温度を上げる。
すると、掴まれてるアーゼルは直にミロクの焔の熱気に当てられ、その身を炙られていく。
「ギャアアアアアアァァァ!!!!」
アーゼルの悲鳴染みた絶叫は強くなり、掴まれた拳をなんとか振りほどこうと暴れる。
ミロクはそんなアーゼルをまるでゴミを見るかのような目で冷徹に見つめる。
(クソ!このままじゃ炙られて殺される……!)
そう判断したアーゼルは左手による手刀で自身の右手の肘から下を切り落とす。
「ハァ……ハァ……」
間一髪のところでなんとか逃げたアーゼルは今までのどの状況よりも追い詰められているように見えた。
「チクショウ!王女は殺した!ここは撤退して……」
アーゼルはミロクから逃げるようにその翼をはためかせ上昇していくが、ミロクは逃そうとはしなかった。
ミロクは両手を前へ突き出し、アーゼルの方向へ向ける。
するとミロクの手から特大の焔の球が形成されていく。
身をジリジリと焦がすような熱に周りの温度は一気に上がっていくのがわかる。
そして集束した球はアーゼルに放たれ、直撃する。
「ギャアアアアアアアァァァ!」
アーゼルは声にもならない悲鳴を上げ、墜落していく。
ミロクの攻撃を食らったアーゼルからは焦げたような匂いと煙が立ち昇っていた。
(クソ!クソ、クソクソ、クソ!なんなんだアイツは?)
アーゼルは今までにないくらい追い詰められ、激しく動揺していた。
「チクショウ!こうなったら……」
アーゼルは覚悟を決めたような顔でミロクを見る。そして、左胸に自らの手を差し込んだ。
「ガハッ!」
アーゼルは口から血を吐き出す。
そして左手を胸から取り出すと、何かを手に持っていた。
その手に持つ物はドクンドクンと脈打っていた。
そう、心臓だ。
アーゼルは自身の心臓を取り出し、そしてそれを握りつぶした。
「⁉︎」
ミロクはその行動に疑問を抱いたが、直ぐに臨戦態勢をとる。
アーゼルは死ぬことなく、むしろ先程よりも強大な力をその身に纏わせていた。
「ガアァァァァ!!!!」
アーゼルはまるで獣のように吼える。
その声は空間を振動させるほどの大きさだった。
アーゼルの姿も変化している。
ツノは点を突き刺すように上に伸びており、翼は二枚から四枚になっている。
そして何より変化したのは、アーゼルから放たれる殺気だ。
今まで以上に濃密になった殺気は一般人が当てられただけで死ぬような殺気だった。
「⁉︎」
アーゼルの変化にユートは驚いた。
『どうする?悪神が出現したぞ』
脳内に響くイルナギの声はいつもよりも低い。
それは警戒を表すものだった。
(……)
ユートは未だ踏ん切りが付かないのか何も話さなかった。
王都から遥かに離れた場所で二人の女がテーブルで向かい合い対話していた。
「……それで……悪神が出たようだけど対処はどうなってるの?」
赤髪の女は紅茶の入ったカップに口をつけて、目の前の女性にそう問う。
「そうね。ここまでは私の目で見た通りの展開ね。そして現在王都では混乱が大きすぎて私達に救援要請できる状況ではないでしょう」
対面に座る金髪の女性がそう返す。
左右で色が違うその瞳をキラリと輝かせていた。
「じゃあ、どうするの?ミーナはこの後の事はどう見えてるの?」
「いえ、私が見えたのはここまで……この後の事は分からないわ……それよりもエリエル、貴女はどうするの?ユートくんのこと」
赤髪の女性ーーーエリエルは対面に座る金髪の女性ーーーミーナの発言を聞き、そうねと呟きながら頬杖をつく。
「私は行かないよ」
「どうして?貴女ならユートくんのことを思って助けに行くと思ったのだけれど……多分ユートくんはその悪神と交戦せずにここに戻ってくると思うわ」
ミーナはエリエルの返答が予想外だったのか驚きながら聞き返す。
「確かに以前までのユートだったらそうだったかもしれない……けど今は……」
そう言ってエリエルは窓の外を見つめる。
(貴女はもう今までのユートじゃない……私はユートを信じているよ)
こちらの空は何処までも青く澄み渡っていた。




