十九話 勇気
アーゼルを足止めしているデュッホに逃げろと言われ、ひたすら脚を進めていたユート達だが、ユートはその脚をピタリと止める。
「ユート、どうしたの?」
それに気づき、自分も脚を止めたミロクは振り返り、ユートを見つめる。
アイラ達も脚を止めてユートの不可解な行動を訝しんでいた。
「……学院長の魔力反応が消えた……」
ユートは落ち着いた様子で来た道を見つめる。
「……そんな……」
「ふざけんな!学院長は伝説級だぞ!たかだか魔族に負けるわけねぇだろ!」
「……」
ミロクは震えた表情になり、マークはあり得ないと切り捨て、ユートに激情した。アイラとリラはその場で立ち尽くすことしかできなかった。
「……おそらくあの魔族も僕たちの居場所が分かるだろう……多分そろそろ……⁉︎」
そろそろ来る。
そう言おうとした最中、ユートの予想を悪い方向で裏切られた。
「キヒヒ!手間取らせやがってヨォ……あのクソジジイめ……やはりオレが殺してやればよかったゼ」
アーゼルがユート達に追いついてしまった。
『そんでユートはどうすんの?』
(どうするって?)
ユートの脳内ではイルナギとの会話が展開されていた。
『言わなくてもわかるでしょ?あの魔族をここで倒すかってことだよ』
イルナギの呆れたような声がユートの脳内に響く。
(……)
『このままだとここにいる奴ら全滅だよ?それとも君だけ逃げるかい?』
イルナギはユートを試すように質問を繰り返すがユートは返答しようとしない。
ユートだけならばこの場から逃げ出すことも可能だろう。
そしてまた、ユートのみがこの場で魔族を殺せる唯一の人物だろう。
しかし、ユートは迷っていた。
この場で逃げれば少なからずユートの心には後悔が残る。
しかし、魔族をここで倒すようなことがあればいよいよ学院に留まることは難しくなるだろう。
(僕は……)
どちらに転ぶにしろ、ユートにとっては大きな選択となるだろう。
アイラ達はアーゼルを見て三度怯えていた。
伝説級であるデュッホが倒されたとなってはどう転んでも自分達では勝てないことくらい分かっている。
「そんじゃあ、とっとと殺しますカ」
軽い口調でアーゼルは魔法を放つ。
「避けて!」
ミロクがそう叫ぶと、慌てたようにアイラ達は回避した。
「へぇ……いまのをよけんのカ……おもしれぇじゃねぇカ」
そう言ってアーゼルは攻撃をいち早く察知したミロクを見てニタッと嗤う。
「アイラさんは逃げてください!ここは私が食い止めます!」
ミロクは気迫迫る声でアイラにそう告げる。
「なっ⁉︎」
「は?」
その言葉を聞いて、アイラとアーゼル同時に驚きの声を上げる。
「テメェ如きが俺を、止めル?おいおい調子乗ってんじゃねぇゾ?クソガキ!」
アーゼルはミロクの言葉が気に入らなかった為か、額に青筋を浮かべ喚き立てる。
「貴方こそ舐めてかかって足元救われないよう気をつけたほうがいいですよ?」
そんなアーゼルに怯みもなくミロクはアーゼルを煽る。
「獣風情がァァァァ!」
アーゼルはいよいよ我慢ならなくなり闇雲に魔法を放って来る。
それをミロクは寸分狂わずに回避していく。
「クソが!ちょこまかとしやがっテ!」
アーゼルの魔法が倍になる。
それでもミロクには一発も当たらない。
「くそ!どうなってやがル!この俺様が獣一匹殺せねぇなんてヨ!」
アーゼルは苛立ちを隠そうともせずに尚もミロクに魔法を放ち続けた。
一方でミロクは額に脂汗を浮かべながらも回避に専念していた。
ミロクや獣人族は生まれながらの種族性質で人間族よりも身体能力が圧倒的に秀でている。
それに加えて現在アーゼルは怒りで冷静さを欠いているため、攻撃が単調になっていた。ミロクが回避できるのも道理だろう。
だが一発でも当たればミロクに未来はない。
ミロクはそんな綱渡りを行なっていたのだ。
(どんな生物でも魔力は無尽蔵じゃない……あの魔族の魔力をゼロにすれば……)
ミロクの狙いはアーゼルの魔力をゼロにさせ、戦闘不能にする事である。
そこで頭に血が上っているアーゼルに魔力を消費させる為に回避を繰り返していたのだ。
「すごい……」
アイラはミロクの戦いぶりに心揺れていた。
自分と同じ年でありながら、強大な敵に臆しもせず立ち向かっていく姿にアイラは魅了されていた。
(やっぱり私なんか……)
同時に心が締め付けられた。
これまで何人もの人がアイラを助ける為にその命を賭した。
ミロクもアイラを助ける一心で行動している。
なのに自分はただ見ているだけ……
それがアイラにとってはどうしようもなく辛い事だった。
一体どれほどの時間が経っただろうか。
五分?十分?あるいは一時間だろうか?
時間感覚など分からなくなるような緊張感が漂う中、アーゼルとミロクの攻防は続いていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ミロクはその時間の間、ただひたすら回避に専念していた。
ただの一発の被弾も許されない。そんな過酷な条件下の中、何百、何千発もの魔法をひたすらに避け続けていたのだ。
当然、限界など等に越えていた。
呼吸も乱れ、最初の頃よりもその動きは着々と鈍り始めてきている。
「いつまでそうやってるつもりダ?大人しく殺された方が楽になれるゾ!」
アーゼルも流石にミロクの狙いが読めたのか、魔法の頻度を抑え始めている。
「……ッ⁉︎しまった!」
と、そこでミロクは脚を縺れさせて転んでしまう。
その好機をアーゼルは当然見逃すはずもなく、
「キヒヒ!手間取らせやがって……死ネ!」
ミロクへと魔法を放つ。
(あぁ……ここで私は死ぬのね……)
ミロクは半ば諦めたように目を瞑り自分の最後を待った。
そして、
ーーーボコッ
と、生々しい音が響く。
やがて乾いた風がザザッと吹き始める。
だが、
(……あれ?)
ミロクは不思議と痛みを感じなかった。
それどころか意識も鮮明としている。
(……どういうこと?)
戸惑いを隠しきれないミロクはそっと目を開けると、
「え?」
あまりの光景で驚きの声を上げる。
ミロクの目の前に写っていたのは、腹部から風穴を開けて血を流しているアイラだった。




