十八話 デュッホ対アーゼル
闘技場があった東区は現在辺り一面焼け野原となっていた。
「キヒヒ!さあさぁ、逃げた鼠はどこにいるのかねェ」
アーゼルはアイラの捜索をする為に街を破壊していく。
当然、逃げ遅れた人も少なくなく、すでに何千もの死傷者が出ていた。
そんな中、アイラは闘技場から逃げ出すことに成功し、現在はユート達ハリオード魔法学院の代表生徒との合流に成功していた。そこには学院長のデュッホも引率として付き添っている。
「アイラくん、無事で良かった……陛下達も避難は終えて今は安全地帯にいるぞ」
「そうですか……良かった……」
アイラは両親である国王陛下達が無事ということを聞いて心底安心する。
しかし、同時に不安でもあった。
かの魔族、アーゼルの狙いはアイラ自身。もし、人質に両親が使われたりしたらと考えると全身の震えが止まらなかった。
「アイラさん、大丈夫……?」
ふと、隣から心配の声があがる。
見上げると獣の耳を持つ少女、ミロクが心配そうにアイラを除いていた。
アイラは努めて平静を保つように震える身体を無理やり止めて、
「えぇ、大丈夫よ」
と、素っ気なく返す。
突き放したような言い方をするのは周りに迷惑をかけたくないという彼女の思いがあるからだ。
「でも……顔色が悪いですよ?」
しかし、ミロクは意外にもそこで引き下がることはなく、アイラへの心配を続けた。
「え?」
アイラ自身もまだ自分に気を使うとは思っても見なかった為、驚きの声をあげる。
「私、わかるんです……今のアイラさん、すごく怯えてるように見えて……」
「……なんでそう思うの?」
「私も同じ目をしてたから……」
そう言ってミロクは悲しそうに微笑む。
「だから……辛いことがあったら溜め込まずに吐き出した方がいいと思います」
「……」
ミロクの励ましにアイラは黙って耳を傾ける。
そして、彼女の目を見た。
(あぁ、なんて強いんだろう、この子は)
アイラはミロクを見てそう思った。
アイラはただセンチメンタルに自分だけが不幸だと思い込んで心を閉ざしていた。
しかし、目を向ければきっともっと過酷な困難に陥った者もいるのだろう。
ミロクの瞳に見えたのはそんな思いだった。
「えっと、ミロクさん……その、ありがとうございます」
アイラは素直にミロクへ頭を下げる。
「いえ!お役に立てたなら嬉しいですよ!」
ミロクはそう言ってアイラに再び笑顔を向ける。
そんな何か吹っ切れたようなアイラと以前よりふた回りほど成長しているミロクをユートはどこか羨ましそうに眺めていた。
『……羨ましいか?』
何処か寂しそうな声音がユートの脳に響く。
(……わかんない……ただ、あんな眩しい光景を僕とは真逆だなって思った。それだけ)
ユートは特に表情を変えることなく、自分の中にいるイルナギにそう返す。
イルナギはユートの中にいる為、ユートの感情もある程度把握できる。
それゆえ、その言葉が本心であることは容易に分かったため、イルナギはそれ以上、深く踏み込むことなく、ただ、
『そっか』
と素っ気なく返した。
「……来たか」
時間というものは残酷だ。
時間が経てばその現状は自然と変わるのが道理だろう。
やがて避難所も安全地帯では無くなるのだ。
いち早く外から来る気配に気づいたデュッホは目を細めて、その方向を見やる。
ユートも気づいているが未だ交戦する意志はない。彼は現在ただの一般生徒であり、神話級のユートではない。
その為、魔族と対峙する予定は無かった。
ーーーバコオオオォォォン
と凄まじい音を上げて壁が破壊される。
破壊された箇所から見えるのは澄んだ青空ーーなどでは無く、赤く燃え上がり、黒い煙が立ち上った街だった。
それを見た生徒達は全員が怯えたように顔を蒼白にし、震え始める。
泣き叫ぶものもいれば、白目を向いて失禁しながら気絶するものもいた。
リラやミロク、それにアイラやマークも叫んだり、失神はしていないが脚がガタガタと震えているのがわかる。
「キヒヒ!見つけたゾ!隠れんぼはおしまいかい?」
アーゼルはアイラを視界に捉え、ケタケタと笑いながら悠然と近づいて来る。
「きゅ、宮廷魔法師の人達はどうしたんですか⁉︎」
アイラは怯えるようにその場を一歩一歩退きながらそう問いかける。
「あぁ?あいつらカ……それなら今頃闘技場諸共灰になってるだろうヨ!キヒヒ!」
アーゼルはいけしゃあしゃあとそのようなことをの賜りながらもその脚は止めることなく一歩一歩近づいている。
「嘘……宮廷魔法師が……」
アイラは口元に両手を当て絶望した表情をする。
「キヒヒ!その顔いいネ!お前はただ殺すのはもったいないからナ!ゆっくり時間を掛けて殺ってやるヨ!」
「い、いやぁ……」
アイラは涙を流しながらそう弱々しく口にする。
周りにいるものもアーゼルから放たれる殺気にその場を動くこともできないようだった。
「じゃあ、手始めにここにいる奴ら全員を……っと、なんだヨ!」
アーゼルは右手に魔力を収束させようとするが、途中で横から魔法が迫り、それを中断して魔法を躱し、不機嫌そうに魔法が放たれた方に目を向ける。
そこにいたのは六十は超えているような爺さんがいた。
「……おい、ジジィ。テメェから先に殺されたいカ?」
途中で魔法を遮られたアーゼルは目の前にいるその爺さんに射殺すような視線を向ける。
「フォッフォッフォッ!いやなに、大切な生徒を死なせてはならんからな……悪いが儂と相手してくれんかのぉ」
爺さんーーーデュッホはアーゼルの向ける鋭い眼光に怯みもせずに平然と佇んでいた。
「テメェ……そんなに死にたいカ……なら、望み通り殺してやんヨ!」
アーゼルは鎖骨あたりから伸びた漆黒の翼をはためかせ、上空に飛ぶ。
そして、闘技場を破壊した魔法と同じものをデュッホめがけて放った。
「フォッフォッフォッ!流石にそれは不味そうじゃな!⦅風壁⦆!」
デュッホは軽口を叩きながらも無詠唱で風の壁を展開する。風属性の中級魔法の⦅風壁⦆。デュッホが使えば⦅不落の要塞⦆に引けを取らない防御魔法だ。
すると、風の壁はアーゼルの放った黒い球を易々と受け止め、デュッホの元に届くことはなかった。
「チッ!くそジジィが……調子乗りやがって」
アーゼルは悪態をつきながらも黒い粒子のような球をデュッホ目掛けて放つ。その数は肉眼では視認できないほどの量であり、凄まじい速さで進んでいく。
しかし、それでもなお、デュッホの展開した防御魔法が破壊されることはなかった。
「なにをぼさっとしておる!はよ逃げんかい!」
デュッホはその場でボーッとしている生徒達に喝を入れる。
すると放心してた彼等は一目散にその場から逃げ出していく。
「……ふぅこれでアイラくんを逃がせた……だが……」
デュッホはそう呟きながらもその額にはジワリと汗が滲んでいた。
(奴の攻撃が徐々に風壁を押し始めている……このまま行けば先に儂の魔力が尽きるかのぉ……)
デュッホの想像通り、アーゼルの攻撃は徐々にデュッホの風壁を蝕んでいく。
その事にアーゼルも当然気づいていた。
「オラオラッ!どうした!もう弱っちまったか?」
アーゼルは口元に弧を描きながらも魔法の威力を上げた。
「くっ⁉︎」
デュッホは風壁が破れないように意識を集中させるがアーゼルの怒涛の攻撃に苦悶の声が出る。
(まずいのぉ……歳はとりたくないもんじゃわい……)
そして等々、その均衡も崩れ、デュッホの展開していた風壁がパリィィンと音を立てて消滅した。
デュッホの魔力が枯渇し、風壁が維持できなくなったのだ。
「しまっ……」
「終わりダ!死ネ!」
デュッホは慌てて回避を試みるがその一瞬の隙をアーゼルが逃すはずなく、アーゼルの放った魔法がデュッホの左腕に被弾する。
「がはっ⁉︎」
デュッホはそのまま勢いよく地面に転がされていく。
「なかなかだったが、俺には勝つには弱すぎタ。その怪我じゃ、戦えねぇだロ」
そう言ってアーゼルがデュッホを見下ろす。
デュッホは左腕が肩から無くなっており、そこから大量の血が流れ出ていた。
このままいけば出欠多量で死ぬ事だろう。
「ふん、このままでもテメェは野垂れ死ぬからナ。俺はとっととあの王女サマを殺すとするカ」
そう言ってアーゼルは翼をはためかせ、その場を去っていく。デュッホとの決着が早かったことからアイラを発見するのも時間の問題だろう。
デュッホは朦朧としていく意識の中、一人の少年を思い浮かべる。
(アイラくんを頼んだぞ……ユートくん……)
デュッホの意識はそこで途絶えた。




