第一話 学院に行こう
「いや〜ごめんごめん、お風呂上がりだったのすっかり忘れてたよ〜」
とまぁ、エリエルがすぐに出て来れなかった理由はどうやら風呂に入っていたからでノックに気付いて急いで来たせいでバスタオル一枚姿だった、というかわけらしい。
遅れてきた理由と一連の流れを聞いたユートは椅子に座って落ち着きながらエリエルが淹れた紅茶を口に含む。ちなみに今はエリエルの部屋の中である。
「どう?美味しい?」
「………美味しい」
余談だがエリエルの淹れた紅茶はとても美味い。本人曰く、この淹れ方は昔、知人から教えて貰ったらしい。
エリエルもすでにラフな普段着に着替えておりユートの対面に座ってカップに口をつける。一息ついたところでエリエルが話し出す。
「…ふぅ、さて今日呼び出した理由はね…………ユートにお願いがあるんだ…」
お願いと聞いてユートはやや顔を引き締める。
「…っ⁉︎………それはエリエル個人の頼み?それとも神話級のメンバーとしての任務?」
「うーん、強いて言うならばその両方、かな?」
神話級とは魔法士や騎士の強さを決める階級であり、下から最下級、下級、一般級、隊長級、英雄級、伝説級とあり、その頂点に立つ階級が神話級と呼ばれるものである。英雄級、伝説級と呼ばれる者達は各国でも数人程度しかおらずとても貴重な戦力であるが、神話級になるとこの世界にたった10人しかいない。神話級とは文字通り他の階級とは格が違う、正真正銘の化物集団である。それ故、その域に立てる者はごく僅かなのだ。さらに云えば神話級の中でもさらにランク付けがされてあり、その順位はその中の1位である者の独断と偏見で決められている。
ちなみに数百年前まではこのような階級制度とは存在していなかった。
何故、魔法士や騎士にこのような階級制度が付いたかといえばそれは邪神と呼ばれる者の出現が原因である。この邪神と呼ばれる者は世界に混沌を招く為に魔神や悪神、悪魔といった様々なものを生み出し、この世界にばら撒いていった。それに対抗し得る為に魔法士や騎士の士気を上げるよう、各国で階級制度を設けたのである。
話を戻すがそんな人類最強集団の神話級という言葉がなぜユートの口から出たのかといえば、無論ユートもその中の1人だからである。その中でも序列は2位、つまり実質人類で2番目に強いということになる。何故ユートがまだ15歳にして神話級に至れたのかは此処では省くが、そんな彼が動く必要があるのは間違いなくこの世界の危機であると考えるのは自然な事だろう。
そんな彼へのお願いとは…
「ハウード王国の王都にある魔術学校、王立ハリオート魔法学院に入学して欲しいんだよね!」
「…………は?」
…………まさかの学院への入学だった。
さすがのユートもエリエルから発せられた突拍子のない事に固まらずにはいられなかったらしい。2、3秒が経過してようやく思考が追い付きエリエルにその真意を問いはじめる。
「…なんでよりにもよって学院への入学なんだ?なんかの護衛任務?それとも潜入調査か何か?だけど…」
確かに護衛任務や潜入調査なら今回エリエルが言ったこの発言に合点が行く。特にこの手の任務はユートがメンバーの中で一番適任だからだ。その理由として一つは、まだユートが子供であるという事、そしてもう一つが神話級のメンバーで唯一素性が割れていないからである。
だが、今回エリエルは入学と言った。それは任務ではなく自分を生徒として扱う、という事だ。それ故にますますわからなくなってしまう。
思考がまとまらず、こめかみを抑えながら悩んでいるとエリエルが口を開く。
「今回の入学の件はね、別に特に深い意味はないの」
「え?」
「ただそろそろユートに必要だと思ったからなんだよね」
「僕に…必要…?」
「うん、確かにユートはとても強いしこの先1人でも多分生きていけると思う…だけど1人で生きるのはとても辛い事だと思う。それはユートが一番良くわかってると思うんだよね。だから友達を作っ……」
「必要ないよ」
エリエルが話そうとするがユートがそれを途中で遮ってしまう。
「僕は別に友達が欲しいわけじゃない。エリエルや神話級のメンバーさえいればそれで満足だから」
ユートは普段会話するときよりも話すトーンが低い。その声にはまるで悲しさや辛さを孕んでいるようだった。
「ユート…」
そんなユートの思いを感じ取ってか、いつも優しい笑顔でいるエリエルもその顔を悲しげに歪める。
「とにかく今回の任務、特に意味は無いなら僕は受けないよ」
これで話は終わりと言わんばかりにユートはカップに入っていた紅茶を飲み干して席を立つ。
「…そういえばユートさっき私が行ったこと覚えてる?」
「…?」
しかし、不意に後ろから声がかかりエリエルが質問してくる。ユートその質問の意味が分からずに首を傾げたが、
「これは任務であって任務じゃないんだよっ‼︎」
「はい?」
次のエリエルの言葉にさらに首を傾げる。
「これは私のお願いでもあるんだよ」
「…っ⁉︎」
その言葉を聞いてユートは僅かに肩を震わせる。確かにこれがただの任務としてのみだったらここで即退散していただろうが、エリエルのお願いが含まれていれば話は別である。実はユートはエリエルにかなり恩を感じている。それはもう彼女がいなかったら今頃自分がいないだろうというくらいに。そんなエリエルのお願いなのだ。そうそう首を横に振ることはできず、
「……はぁ、わかったよ、行くよその魔法学院とやらに…」
ユートが先に折れた。
「ユート…ありがとねっ!」
(まぁ、どっちにしろ断れなかっただろうけど…)
仮にユートがエリエルに対して恩を感じていなかったとしてもこの話は絶対に通っていただろう。何故なら、彼女は神話級序列1位エリエル・バースフォルフなのだから…