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冴島さんが俺をつついた。
「(分かってないかもしれないけど、私達は、邪魔をしているのよ。このまま進んだら反魂の術で蘆屋さんは死んでしまう)」
「(反魂の術ってなんですか?)」
「(死人をよみがえらせる方法よ)」
「そんな馬鹿な!」
『妹の復活を阻止しようとする兄がいるものか』
黒い煙が手と腕のような形を作って、俺を指さした。
「お、俺? 俺の妹?」
GPAで見た、自身の家族のことが脳裏に浮かぶ。
『さやかだよ』
蘆屋さんの声とも違う、少し高めの甘えた声だった。この声には聞き覚えがあった。
「さっき蘆屋さんの体に入っていた」
『おにいちゃんが望んだ通り、もう少しであたし、本当の姿にもどれるんだよ』
「……」
『もどれれば、さっきみたいなこと、いっぱいいっぱい出来るから』
俺はこの屋敷に入るために『さやか』が乗り移った蘆屋さんとした行為を思い出した。
女性とあんな行為をしたのは…… あれが初めてだった。
『お兄ちゃんのスケベ』
「えっ?」
橋口さんが俺の顔をのぞき込んで言った。
「ちょっと、この男、思い出して赤くなってるんだケド」
俺は慌てて手を振って否定する。
「そんなことしてないです」
「いいから!」
全員が後ろにいた冴島さんを振り返った。
「影山くん、あなたが否定すればこの反魂の術は失敗する。何しろ、あなたの妹なんだから、あなたが望まなければ戻っては来れないわ」
「……」
俺が否定したら、反魂の術は失敗する?
じゃあ、今のこの『さやか』の魂はどこへいく?
「あのね。これを私がいったら自身の仕事を否定するみたいだけど、魂を入れる器官はないの。脳にも、心臓にも、人間の体のどこにもね。霊は霊として存在しているけど、肉体には戻れないのよ」
じゃあ、今、話をしていた『さやか』はどこにいるんだ。俺が否定したら、どこへ行ってしまう?
「いい? 霊の存在と相反することを言っているように思えるかも知れないけど、それが事実よ。だから、反魂の術で妹さんは蘇らない。蘆屋さんは失われ、からっぽの傀儡が出来るだけ。しかもここにたくさん舞っている、ものすごい数の霊に使われる、最悪な傀儡」
「つまり、二人とも死んでしまう、ってこと?」
冴島さんは首を縦にふる。
「そう。妹さんの霊は妹のふりをしているだけよ。元の記憶も元のしゃべり方をするかもしれないけど、それはベースがあるからってだけ。肉体があっても本物には戻れない」
その時、蘆屋さんの口が動いた。
『……あっ、わかった』
黒い煙のようななから、白い蘆屋さん自身の腕が出てきた。そして、ゆっくり右腕を引き上げると、冴島さんを指さした。
『この女の考えを読んだわ』
突き破ろうとするかのように、指に力を入れる。
『おにいちゃん、この女、ハンゴンの術、を見たことないわ!』
「!」
俺はもう一度、冴島さんを振り返った。
じっとして答えない。
『答えなさいよ!』
俺は見つめ続けた。
「……見たことはないわ」
冴島さんはうつむく。
髪が正面に垂れて、表情が見えない。
『じゃあ、反魂の術の結果も分からないじゃない。おにいちゃん、さっきこの女が言ったことはでたらめよ」
冴島さんはゆっくり首を左右に振った。
そして、髪を後ろに流しながら、顔を上げた。
「失われた人が戻ってきたら、どんな世界になっているか…… 想像すれば分かるでしょう」
泣きそう…… 髪がまだ顔に掛かっていて、よく表情は見えなかったが、声の震え方とか、雰囲気からそう感じた。
俺は答えを求めるように橋口さんを見た。
「……私もそうおもうんだケド」
俺はうなずいた。
そのまま歩いて冴島さんの横に立った。
「俺は冴島さんの判断を信じます。妹は、蘇らない。だから、お終いだ!」
『否定するなっ!』
蘆屋さんの体を包み込んでいる黒い煙が、鋭く伸びてきた。俺は顔を隠すように腕を上げた。
その煙は、小さく黒い粒子のようになっていて、ものすごい勢いで当たってきた。
腕に当たった後は、制御を失ったように弾かれて床に落ちていく。
絶え間なく腕にあたる黒い粒。
弾かれて床に粒が落ちる音が激しさを増す。
「痛い痛い……」
橋口さんが、床に落ちている粒を拾い上げ、見つめている。
と、冴島さんを見て口を開く。
「こ、これって、一粒一粒が、霊なんだケド」
「そんなものを受け止めているってこと? ……影山くん、GLPで『逃助壁』を!」
「いや、この粒を止めないと、操作なんて、無理」
「じゃあ、避けて。このままの方が危険だわ!」
突然、黒い粒は、針状に固形化し伸びてくる。
俺は居酒屋の時のように、ての平でそれを抑えた。
「えっ?」
手の甲から、とがった黒い先端が突き出ている。
ダラダラと流れ出てくる赤い体液。
「うわぁっ!」
色んな過去の出来事が脳裏をよぎる。時に映像として、時に雰囲気として、プレッシャーのようなものや、匂いを伴うものもあった。
目の前は白くかすんできて、意識が混乱してきた。
「影山くん、ここで倒れちゃダメ。蘆屋さんを救って」
冴島さんが、黒くとがった針を、俺の腕から引き抜こうとしている。
「かんなも手伝って」
「抜いてどうするの? こんな大怪我、あたしら医者じゃないんだケド」
「私の式神で傷口を塞げばいいわ」
「そ、そんな無茶なんだケド」
「とにかく抜く!」
橋口さんは俺の体に手を回し、後ろに引っ張った。
体ごと、後ろに下がると、黒く伸びてきた針状のものが手のひらから抜けた。
冴島さんは、蘆屋さんの方向から伸びたり縮んだりする黒い針状の物体を避けながら、紙に何かを書き始める。
そして、書き終わると人差し指と中指を伸ばして口元に当て、何かをつぶやく。




