(98)
「どういたしましょう」
「!」
指揮官は立ち上がり、『どういたしましょう』と言った男の胸倉をつかんだ。
「もちろん、ただじゃすまさん…… だが、このままでは勝てないのも事実。この戦いを解析しろ。すぐさま、徹底的にな。なぜ負けたのか、何が弱点なのか。分析するんだ、次はないぞ」
さっきまでの怯えたような敗者の目が、鋭く厳しい目に変わったのをみて、男は震えながら敬礼する。
「わかりました!」
掴んでいた手を離し、再び気の抜けたような顔つきになった司令官は言った。
「十二鬼を回してもらってこのざまとは…… なんて説明すりゃいい」
正面に見えていた光が、大きくなって俺の周囲を包み始めた。
真っ白で、何も見えなくなった、と思った直後、周囲は暗くなり、重力が発生していた。
手から放つ霊弾の光では進むことが出来ない。バランスを崩し、背中から床に落ちていく。俺は尻餅をついた格好になった。
「いててて……」
俺は打った箇所をさすりながら立ち上がった。
周りを確認して、思わず声が出る。
「書斎? いや、実験室?」
机の上に試験管やアルコールランプなどが並んでいるのが見える。壁は書棚になっていて、ずらりと本が並べられている。
「暗い闇から抜け出したのに…… そこは書斎? どういう意味?」
ここに入った経緯を思い出していた。
橋口さんのムチが扉の取っ手に絡まり、扉が開いた瞬間、俺は吸い込まれるようにこの部屋に……
そして闇。聞こえてくる様子から、エア・エレは冴島さんと橋口さんによって倒された…… と思うのだが。
この扉から、元の部屋に戻れば、きっと冴島さんが…… いる…… と…… 信じたい。
俺はおそるおそる取っ手を握り、ひねり、押し開けた。
「……」
「!」
部屋の先に、冴島さんの姿があった。
パッと、目があった瞬間、俺は一気に緊張が解け、冴島さんに走り寄った。
冴島さんの目にも、涙が見えた、ような気がした。
俺の手が冴島さんの背中に回り、抱き寄せる直前まで接近した時、冴島さんの人差し指が俺のあごに触れた。
「セクハラは禁止」
俺の腕は体側へとまっすぐに戻った。
「麗子。感動の再会は例外にしてあげたら?」
「……影山くん、いったいどこにいたの?」
「わかりません。気が付いたら無重力で真っ暗な空間に入れられていて。壁がありました。円筒状の空間だったと思います」
冴島さんと橋口さんは互いを見て言った。
「やっぱり、あの試験管だ!」
さっきの部屋の机の上に置いてあった実験道具のことだろうか……
「あっ、一本黒くなってました」
「それに吸い込まれたに違いないわ」
そう言われると腑に落ちる点もあった。円筒形の空間である意味はその試験管の内側だったのだ。
「……そういうことですか。と、とにかく助かってよかった」
「ただ暗い世界だったの?」
俺は手を使って起こった出来事を説明した。
「無重力で、空気はあったんですけど。そこに霊弾を撃ってくる敵が現れて。真っ黒くて、スカート付きの一つ目の鬼」
「スカート付き? 言ってる意味が分からないんだケド」
「……そんな話はあとにしない」
俺と橋口さんが振り向くと、冴島さんは、まっすぐに腕を伸ばし、別の扉の方を指さしていた。
「あそこ。あの扉を開けるのよ」
その扉の方を向くと、なにか、嫌な予感がする。
「何があるんです? 開けていいですよ」
「あんたにしか開けれないんだケド」
冴島さんと橋口さんが同時に俺を見つめる。
俺は自分の鼻を指さした。
「俺しか開けれない?」
説明を聞くと、どうやらその部屋は異常な霊圧が掛かっていて、『反魂の術』を行っているという。そして蘆屋さんが反魂の術の材料として取り込まれてしまった。何故蘆屋さんを取り込んだのか、なぜ橋口さんや冴島さんに開けれないのか、その理由は復元しようとしている人間が、俺の関係者だから、ということらしい。
「蘆屋さんを取り込んだからには、あなたの妹、というのが一番可能性が高いわ」
「妹?」
「蘆屋さん自身、半分妹になりかけてたケド」
「……」
俺は扉に近づく。
蘆屋さんは、突然出てきた大きな手で引き込まれたようだ。
扉に近づいたら、扉の先の者が俺に反応するかもしれない……
「こわいです」
手が震えているのに気が付いて、俺は冴島さんを振り返る。
「早くしなさい」
手で払うような仕草をすると、俺に命令が入った。
震えは収まらなかったが、ためらう間もなく取っ手を掴むと、ひねって扉を手前に引いていた。
「!」
そこには服を着ていない蘆屋さんが立っていた。
白く透きとおるような肌。そこに映えるためのように真っ黒な髪が肩にかかっている。
視線を下げていくと、一つの谷間と二つの頂がみえる。その膨らみは、やわらかそうなカーブを描いている。
腰骨のあたりで広がるまで、綺麗にくびれていく。その中心に、窪んたへそが見える。
「えっ、えっと……」
その下は…… その下……
「あれ?」
おぼろげに見えるが、その下を見ようとすると、眼球が動かない。首を動かそうとしても、顔が、というか体全体が拒否した。
「あのね。いくらこんな状況とはいえども、そこは見ちゃダメ」
後頭部に触れている手は、冴島さんの右手だった。
ただ触れているだけではなく、同時に命令も入れられたようだった。
「……と、とにかく! 蘆屋さん!」
と、蘆屋さんの体を包み込むように黒い煙が流れてきて、あっという間に蘆屋さんの顔以外は見えなくなってしまった。
そして、蘆屋さんの瞳が開かれた。
蘆屋さんの口が動く。
『もう少しで反魂の術が完成する。何故、お前が邪魔をする』
蘆屋さんが言ったにしては、声が低すぎる。これは蘆屋さんが話しているのではない。包んでいる黒い煙のようなもの、霊が言っているのだろう。
「えっ? 俺が?」
『扉を開けたのはお前だな』
「はい」
『ではお前が、邪魔をしたのだ』
「?? ……はい」




