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麗子は言われたところに注目してみる。木のデスクの上に、試験管立てがあり、いくつか試験管が空で立てられている。三角フラスコやビーカー、アルコールランプ、ガラスの管などが意味ありげに置かれているが、何かの溶液が入っているわけでもない。どれも空だった。
その机には椅子があって、すぐに座れるぐらいに引き出してある。机以外に目につくのは壁一面の書棚、木のデスクの反対側にある事務机だ。事務机にはパソコンが置かれているが、本体も画面も消えている。
「なら確かめる」
麗子はつかつかと部屋に入っていき、無造作に試験管を手を伸ばす。
「待ちなさい!」
かんなが差し出した霊圧計のメーターが異常に高い数値を表示している。
麗子がかんなの顔をみると、かんなは首を縦に振った。
「この値…… 影山くんの霊圧なんだわ」
麗子はそう自分で言って、自分で気が付いた。
「ということは…… この中に閉じ込められた?」
「かもね。こんな小さな試験管の中なんて…… こっちも処置に困るんだケド」
「かわいそうだけど、その通りね。こっちからなにか働きかけることはできないわ。中の状況が分からないんだもの」
「まあ、そうなんだケド…… ほっとく気?」
橋口は腰に手を当てて、その真っ黒な試験管を見つめる。
「勝って戻ってきて。祈るしかないわね」
麗子は人差し指と中指をの伸ばし、他の指を曲げると、目をつぶると指を額につけた。
目を開けてそれを試験管の方にかざすと、言った。
「いいわね。影山くん」
「なんなのそれ。命令なの?」
橋口を振り返り、麗子は小さく首を振った。
「ううん…… 祈り、ね」
俺が狙いをつけると、一つ目の真っ黒いスカート付きの鬼は、河原の石を飛ぶように左右に体を振った。
撃とうとすると、左へ。狙いを変えると、右へ飛んだ。
「避け方が単純なんだよ!」
距離を測って、指先から霊弾を放つ。
左に飛ぶ直前に、その左の方へ狙いを変えたのだ。
黒いスカート付きの鬼は、俺の撃った霊弾に吸い込まれるように撃ち抜かれる。
急所に入ったようで、ものすごい光と轟音を伴い、鬼がバラバラに散っていく。
「むっつ」
後、六鬼しかいない。
数が少なくなると、九鬼いた時の、円運動をしてグルグルと俺の周りをまわる作戦は崩壊していた。
互いに、背後を取ろうと必死に飛び回っている。
さそって背後に入らせれば、相手の撃った霊弾を避けながら背後に霊弾を放つことは簡単だった。
「そこっ!」
雷のような轟音がとどろく。
俺は心のなかで『ななつ』と数える。
残りの五鬼も背後を狙うようにカーブを描きながら飛んでくる。
同じようにパッと振り返って貫いて……
「!」
意識の外にあった一鬼が正面に現れた。
拳に霊弾の光を蓄えながら、パンチを繰り出してくる。
俺は、転ぶように上体を前に折り曲げ、鬼の拳をかわすと、すれ違いざまにこちらの霊弾を敵の腹へ放つ。
直後、霊弾の光を灯し、爆発に巻き込まれないように加速。
「やっつ!」
俺が飛んでいると、右に一鬼、左に一鬼、平行して飛ぶように鬼が現れた。
正面に拳を向けて急停止すると、左右の鬼も俺を追うように急カーブを描く。
慎重に一鬼ずつ狙って、それぞれを霊弾で撃ち抜く。
九鬼、十鬼が光と音を放ちながら分解していく。
「あと、二鬼!」
麗子と橋口は、影山が消えた部屋を出て、大気の精霊を倒した部屋に戻っていた。
最後の部屋につながると思われる扉を調べている。
「鍵は…… 掛かってないわね」
麗子はノブをガチャガチャと回した。
「我々では開けられないケド」
「どういう意味?」
麗子は扉を離れて、橋口のところへ歩み寄る。
「麗子。なんでこんな霊圧が必要なのか、うすうす気づいてるんじゃない?」
二人の視界の隅を、一人の女性がフラフラと通り過ぎる。
「……あっ」
麗子が振り返った時には、蘆屋初音が扉のノブに手をかけていた。
「蘆屋さん!」
麗子が足を踏み出した時には、扉が開き、奥の闇に二つ光るものが見えた。
そして、大きくて黒い手が蘆屋の体を鷲掴みにして部屋へ引き込んでしまう。一瞬ののち、扉が大きな音を立てて閉まる。
橋口は額に手を当て、目を閉じた。
「……飲まれちゃったんだケド」
「蘆屋さん!」
麗子は扉のノブを回し、引っ張る。扉はビクとも動かない。
「……」
「早く影山が来ないと、ヤバいんだケド」
麗子は部屋の奥に見えた二つの光るもののことを考えていた。それは光る目であった。
「かんな、さっきのあの目って、やっぱり……」
「そうよ。再鬼の目。蘆屋さんは、再鬼が行おうとしている反魂の術の材料にとられてしまったのよ」
「高い霊圧が必要なのも……」
「すべて辻褄が合うわね」
麗子は、扉のノブに手をかけ、足を扉の外側にかけ、全体重をかけて扉を引っ張った。
「……」
開かない。麗子は橋口を振り返ると、橋口は首を振った。
麗子は床を見つめる。
「影山くん……」
「しまった!」
俺は無警戒だった一鬼に背後をとられ、羽交い絞めにされてしまった。
もう一鬼が正面に現れ、俺を撃とうとする霊弾の力が集まって光った。
俺は人差し指と中指を正面に向け、目を閉じて意識を高めた。
「いけぇ!」
目を見開いて、それぞれの指から霊弾を放つ。
あの時、火狼の目をえぐったように、らせん状に絡まりながら進む光。
鬼の撃った霊弾のスピードをはるかに越え、正面の鬼を貫くと、その霊弾は急角度でカーブを始める。
「!」
羽交い絞めしていた鬼は、気づくのに遅れた。
俺の体を離して、逃げ去ろうという直前に、その曲がった霊弾に頭から貫かれてしまう。
全力でその場を離脱すると、その二鬼が光と轟音を出して消えていくのが見えた。
「……勝った」
俺はあたりを包む暗闇の出口に向かって加速した。
「全滅? 十二鬼も出動させて…… 全滅。全鬼が、たった一人に? 三分も立たずにか…… バ、バケモノか」
斜めに傾いている天井に映し出される戦況。十二鬼の全滅。
腹の出た指揮官は、椅子に体をうずめるようにしてそれを見つめている。




