(95)
『なんともない…… のね。理由わからないわ』
自分で撃った霊弾でも怪我をするのだろうか。俺にはそういう感覚の方がなかった。
『あんたはそれでいいかもしれないケド、こっちはそうはいかないわけ。いい? 霊弾は使っちゃダメ』
「……」
それを早く言ってください、と言うつもりだったが、俺は命令のせいでしゃべれなかった。
「!」
俺は突然息ができなくなった。
いや、呼吸をしているつもりなのに、意識が遠くなっていく。
冴島さんと、橋口さんが俺を見てなにか合図を送り合っている。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
冴島さんの手刀が振り下ろされると、突然、俺は呼吸を取り戻した。
「チッ! もたもたしているから逃げられたんだケド」
橋口さんは、冴島さんにそう言った。俺はただ苦しくて膝に手をついて、うつむき、大きく息をしていた。
「はぁ…… はぁ……」
「影山くん、GLPで『助逃壁』を出せる?」
息が乱れて返事が出来なかったが、腕のGLPの竜頭を回し、『助逃壁』を探す。
表示はグレーになっていて、竜頭を回してもその部分は飛び越してしまって、選択できない。
「だめです……」
「さっき使ったばかりなんだケド」
「なんでランスアンドアーマーに『助逃壁』を使ったの?」
冴島さんは自分が命じたことを忘れたかのようにそう言った。
「あのお言葉ですが……」
「カンナ、霊圧の高低があれば、霊の流れがあるはずよね」
「この高圧状態の中でどうやって……」
ここは高気圧だと言った。普通、高い圧力があれば、そこを中心に霊が噴き出すものだとも言っていた。
しかしこの屋敷のどこかで、霊を集めていくような場所があるに違いない、ということだった。そうでなければ屋敷の周囲の霊圧が説明つかない、と。
「ここはそんなに流れがあるわけじゃない。ということは……」
「あの扉の先、ってこと?」
冴島さんは橋口さんにうなずいた。
「霊の強い吸い込みがあれば、さっきのエア・エレは吸い込みに逆らおうとするでしょう」
「それだけ強く動くなら、私達にも見えるんだケド」
橋口さんは、自分の口を押さえた。自分で言って、自分で気が付いたようだった。
冴島さんはうなずく。
「そういうこと」
「なら!」
橋口さんは、素早くムチを放つと、ムチは奥の部屋を開ける扉の取っ手に巻き付いた。
グイッと、引っ張ると、ムチの先端がまるで生き物のように取っ手をひねった。
「えっ?」
物凄い風で、体が浮かんだか、と思うと、何も考える間も、手足で何かを引っかけたりする間すらなく、扉を通過していた。
「見えた! 麗子、エア・エレを!」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
そこまでは聞こえた。
しかし、その後のことは分からなくなってしまった。
何も聞こえない、何も見えない空間にいた。
無重力というのは体験したことがなかったが、おそらくこれなのだろう、と思われた。上下の間隔がなく、どこに引っ張られる感じがない。水の中のようであるが、触れているものはただ空気だけ。周りは暗くて何も見えない。
ここが霊圧の中心部なのだろうか。
「誰かいるのか?」
音がぶつかる所がないようで、まったく響かない。すっと声が消えていく。
とりあえず、明かりが欲しかった。
俺は霊弾を撃つ直前に、指先が明るくなることを思い出した。
「えっと……」
ポゥ…… と左の指先に光がともった。
周りは何も見えない。光があたるものまでの距離が遠すぎるのだろう。
光り始めたところで、俺はそれ以上力をこめるのをやめた。
すると、空気が顔を撫でていくのを感じた。
「動いてる?」
顔を撫でている風の意味を考えた。手に力が掛かっているのは感じる、つまり、その力の反動で体が空間を移動しているということのようだ。
例えば霊力を放てば、反動でこの空間を動ける、わけだ。
「もう少し強くしてみよう」
俺は意識して左手に霊力を送った。
指は折り曲げ、拳をつくる。その先にさっきより大きい光の玉が現れる。
拳を正面に向ければ、背中の方向に動く。頭の上に掲げれば足先に向かって動き、腕を体側に沿わせて足の方に向ければ頭のある方向に飛んでいく。
すぐに方向が変わるのではなく、慣性が働くので最初の力がこの空気で打ち消されるまではずっと足し算された斜め方向に動くのだ。
「屋敷の中にしては広い」
そうは言ったものの、どう考えてもここは屋敷のなかじゃない。もし屋敷の中に存在するのだとしたら、俺は米粒ほどの大きさにされてしまっているのだろう。
とにかく一方方向に飛び続けた。それが間違っているかは分からない。まちがった方向にも端はあるだろう、と安易に考えていた。
顔を撫でる風が気持ちよかった。
俺は左腕だけでなく、右腕にも光をともせば、もっとスピードが上がることに気が付いた。
右腕と左腕をすこし開き、両方の拳の先に霊弾を放つ直前のように光がともる。
腕に反動が伝わり、その反動が体を動かした。
しばらく飛んでいると、手に灯している霊弾の光で見えるものがあった。
手を頭の方にかざし、自身のスピードを緩める。
壁、だろうか。
次第に減速しきると、ゆっくりと体を回転させて、その壁に足をついた。
壁ではなく、地面、なんだろうか。
自分の正面にあった時は壁と感じ、今そこに足をつけるとそこは地面のように思える。
歩こうと思って足を動かした途端、次の足は地面につかない。
空気はあるが、無重力なのだ。押し付ける力がない限り、ここを歩けない。
俺は手を頭の方向に向け、小さく霊弾を撃つ力を入れる。
ほのかに光が周囲を照らし、その壁に押し付けられる。
普通に歩くよりは浮いてしまって大変だったが、俺はその壁をあるいた。
どうやら、壁は軽くカーブしている。
すべての方向にカーブしているわけではないこともわかった。
ここは円筒形をしたものの内側でないかと推測した。俺が筒状物体の内側に張り付いているとして、左右に動こうとすると湾曲しているが、上下に進む方向は、壁が湾曲していない、ということだ。
どっちが底で、どっちが天辺なのか。
二つに一つだが、俺は間違っていれば戻ればいい。そんな考えで進み始めた。
重力がないため、歩くのは効率が悪かった。両手に霊弾を放つ力を込めると、壁沿いを滑空した。
どれくらい飛んだだろうか。
この筒状の内側を飛び続けてかなり時間が経ったころだった。前方に小さな白い点が見えた。
それは突然だった。




