(94)
失った腕を補完するように成長しているのだ。
「いくぞ」
その声は、林の木々から跳ね返っているのか、あちこちから聞こえてくる。
「……」
日向は林に銃口を向けて構える。
なにかが狙っている。
気配はある。
しかし、音がしない。
動くものもない。
匂いもしな…… いや、ある。この匂いはなんだ?
日向は振り返らずに銃口だけを体側から後ろに向ける。
パン。
軽い爆裂音につづいて、着弾した音が響くと、日向は手応えを感じながら振り返る。
持っているのはツインバレルの短銃だ。今度撃つには弾を入れ替えなければならない。
「いない?」
日向が声に出した瞬間、うしろから狼が襲い掛かってくる。
赤い体液が顎から出ている。十分に開けない、開いても閉じれない。だから、とびかかり、手で襲い掛かってきたのだった。
バランスを崩し、日向は突っ伏してしまった。
火狼の後ろ脚が、爪を立てながら体を何度も切りつける。
「うぉぉぉ…… 」
左腕の痛み、切りつけられる体の痛みに声を上げる日向。
日向は右手の銃を離し、人差し指で銃の形を作った。
そして、右腕をまっすぐ伸ばす。
指が示す先には何もない……
「!」
火狼の動きが一瞬止まる。
日向の指先から、輝く球がまっすぐ放たれた。
しばらくまっすぐ進んだ光の球は、やがてちりじりに分かれてしまった。
「どこを狙っている……」
火狼は咆哮を上げる。顎が動かないせいか、咆哮も綺麗に響かない。
振り上げた手の爪を出し、日向に振り下ろそう、とした瞬間だった。
日向の指が、トン、と地面を突いたかと思うと、あちこちから小さな光球が飛び出してきた。
「まさか……」
光球はスピードを増して、火狼目がけて集まってくる。
一つ一つが火狼に突き刺さる。
「なんだ…… と」
光球は集まってひとかたまりの大きな光球となり、火狼の体を裂いて爆発した。
狼は、砕け散る肉塊となった。
肉塊は、さらに黒い粒子のように分散し、漂う黒い粒子は蒸発するように空間に消えていく。
服が裂け、背中が血だらけになった日向は、腕がないせいか、バランスをくずしながらも立ち上がった。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、安堵した表情をみせる。
ツインバレルの短銃を見つめると、日向は言った。
「今度、こいつを六連装に変えよう」
絵画の中に描かれた風が消えた。
抽象的に描かれた植物の葉はすべて同じ色に整い、まっすぐ整然と配置されてしまった。
「絵、が変わった。どうしたんです」
「黙って」
冴島さんは口の前に指をたて、俺に命令を入れた。
声が出せなくなった俺は必死に首を振り、絵から抜け出たモノ、おそらくは霊体の姿を追った。
冴島さんは、逆に目を閉じてしまっている。
どいうことだろう。俺は考えた。もしかしたら…… 音。冴島さんも、橋口さんも、音で探しているのか。
俺も意識を耳に集中させる。
時間が経つうち、何かが周回していることに気付く。
「きゃっ!」
蘆屋さんが、何者かに足を払われて仰向けにひっくり返る。
俺は急いで蘆屋さんの下へ滑り込む。
「あ…… ありがと…… って、何余計な事してんの。私は倒されたフリをしただけよ」
蘆屋さんの顔が赤くなっている。
冴島さんが、口に指を当てて言う。
「シッ」
同時に命令が入った。
俺は声が出なくなった。
『聞こえる?』
確かに聞こえたが、耳が反応しているのではない。
もしや精神感応と思うと、冴島さんが口を動かした。
『わかる。あな?は?く?んじゅ?を??』
どこから声が聞こえているのか、声がないはずなのに声が聞こえているように思えるのはなぜかを考え、音がしているのかあちこち見ていると、そんな風に声が途切れた。
冴島さんに、ポンポン、と肩を叩かれた。
口を指さして、俺を指し、目を指さした。
俺は首を傾げた。
『口元を見てろ、ってことだよ』
俺は自分の目の前に手を置いて、確かめた。
『???てる間は、????でしょ』
目の間に手を入れて、冴島さんを見ないようにすると見事に言葉が聞こえてこない。
簡易読唇術とでもいうべき力が与えられた、ということなのだろうか。
『声を出せない時、この術をかけることがあるから、すぐに判断してね』
俺はうなずいた。
『今回、ここにいるのは…… 大気の精霊、という敵よ。エアーエレメンタル、っていうわ。空気と同じで見えない厄介な相手よ。だからさっきから音を出さずに、空気の流れや、光の変化を見ている訳』
なるほど、と俺は口を動かしたが、冴島さんからの返事はなかった。
あれ? この読唇術の力を与えてコミュニケーションするのって、俺は使えないのか?
必死に口を動かすが、冴島さんや橋口さんには伝わらない。
「……」
物理的に声も出せず、俺は冴島さんや橋口さんを見よう見まねをして、空気の流れの音や、光のゆがみを察知しようと神経を集中した。
すると、天井の通気口あたりに気配を感じ、ひとさし指で狙いをつけて霊弾を撃った。
撃つと、ほぼ同時に、冴島さんの音声が聞こえた。
「バカッ!」
霊弾が到達した通気口あたりが、一瞬、陽炎のように歪んだ。あれだ! あれがエアーエレメンタル、大気の精霊!
感動する間もなく、霊弾はそのままはじき返されたように俺に向かって飛んでくる。
「!」
俺は避けることが出来ず、とりあえず手のひらを盾のようにして霊弾を受けてしまった。
『いくらなんでも、非常識すぎるんだケド』
橋口さんの口がそう言っているのがわかる。そして、近づいてきて、俺の手のひらを確認する。
『えっ…… 麗子、これどういうこと?』
俺の手を冴島さんに渡すように突き出す。
冴島さんが俺の手を撫でる。




