(93)
「見せてください!」
「ダメ」
言葉と同時に命令が入った。
寝ている間に金縛りにあったように、目は開けないし、体も動かなかった。
そして、とじているまぶたを通して感じていた光が消えた。
「もういいわよ」
目を開くと、俺の手に握られていた槍も砕けて、床に落ちていた。
ランスアンドアーマーは姿を消していた。さっき言っていたとおり昇天したのだろう。
橋口さんが、ムチを巻きなおしながら、言った。
「油断しないでよ。まだ霊圧はたかいんだから」
「どうすればいいんですか」
「霊圧を吸い込み続けている原因を突き止めれば終わる。もし吸い込み続けているのが『霊』だとしたら……」
「……なんでそこで言い終わるんですか?」
「想像すれば分かるでしょ」
「ものすごく強い霊体?」
「まあ、それはそうなんだケド……」
「……」
冴島さんは視線をそらした。
俺は橋口さんと冴島さんを交互にみるが、二人とも見るたびに俺から視線をそらした。
蘆屋さんが俺の肩を叩いて言った。
「いいじゃない。この先に進めばわかるわよ」
「……」
いや、そういうことじゃない。冴島さんと橋口さんは何かを予想しているのか。それを進む前に知っておく必要がある。そんな気がしていた。
ランスアンドアーマーが昇天した扉を通過すると、そこは客間だった。大きな絵画や、さっきまでそこに立っていたであろう甲冑と槍を立てておく木製の棒がある。中央にはテーブルがあり、ソファーが置かれていた。
大きな絵画に描かれているのは、どうやら窓から見える風景を描いているようだったが、抽象的な図柄だった。絵には風が目で見えるかのように描かれていた。
俺は見ていると、描かれた風が動いたように見えた。
「絵画が……」
「しっ」
冴島さんが唇の前に指を立てた。
「こっちの準備がととのうまで黙っててほしいんだケド」
どうやら、冴島さんと橋口さんは絵画の左右に分かれて挟み撃ちをするようだった。
「フラグなんてへし折ってやるよ。それに燃えかけの霊体と手負いの火狼なら、俺一人で十分だ。早く、屋敷に急げ」
冴島、橋口、影山、蘆屋…… 日向を除く全員は屋敷へ向かっていった。
日向は、まるで簡単に対処できるようなことを言ったものの、この火狼を、かなり手ごわいと感じていた。
果たして一人の力で倒せるのだろうか。
「やってくれるじゃないか」
そう言って立ち上がった火狼の赤いジャケットは、ボロボロになっていた。
「銀の銃弾を受けても逃げずに立ち向かうとは恐れ入った」
日向はそう言った。
火狼の手の甲に獣の毛が現れ始める。
それに伴い、顔つきも獣としての狼の姿に戻っていく。
ボロボロのジャケットは引きちぎれ、はらはらと地面に落ちていく。
おそらく、かなりのダメージを受けているはずだ、と日向は思った。どれだけダメージがあったにせよ、本来銃で撃っただけでジャケット全体がボロボロになることはない。火狼本体のダメージをジャケットや衣服に転換して軽減しただけだ。そうは言っても霊力の総量は減っている。
「へぇ、それが君の本当の姿かい」
火狼は、人から狼へと姿変わっていくだけではなく、その過程で大型化していく。
既に人の三倍、四倍の大きさになっている。だが、本来であればもっと大きな狼の姿になれるはずだ。やはり最初の銃弾のダメージがある、と日向は感じた。
大きくなったものの、再生できなかった右の眼は、えぐられ、やけどのようにただれたままだった。
火狼は天に向かって咆哮する。
『お前を食いちぎってやる』
「大きくなったからって勝てると思うなよ。逆に的は大きくなったわけだからな」
ツインバレルの短銃を構え、的に入った瞬間、火狼は手を地面について、銃口から移動した。
『デカくなった分、早くも動けるんだぜ』
「ちっ!」
日向は火狼が避けた方に銃口を向ける。
左に動くとフェイントをかけてから右に動く。銃口があってない時間は前進してくる。
「もらった!」
引き金を引いた瞬間、火狼と思われた影が消えた。
日向の背中がゾクッとした時は、もう火狼に間合いを詰められていた。
「うっ!」
直観的に体はかわしたものの、火狼の大きな口が日向の左腕に食らいついていた。
膝をつき、銃を地面に押し付けて開き、片手で薬きょうを取り出す。
そうしながらも噛みつかれた左腕を火狼から引きはがそうと動かす。
なんとか弾を装填し直すと、日向は銃を構える。
「これで終わりっ…… うおおおぉぉぉ」
日向は絶叫していた。
火狼は日向の腕を噛みちぎっていた。
しかしまだ至近距離の火狼は銃口から避けれる状況ではなかった。
バン、と軽い音とともに、弾丸が発射される。
火狼目がけて飛ぶ弾丸の先に、突然女の姿が立ちはだかる。
「うっ……」
女…… 上村杏の腹をえぐりながら、弾丸が止まった。
膝から崩れ落ちる上村。
「火狼さま……」
黒い粒子のように分解されていく上村。火狼は狼の姿のまま、話す。
「すまん……」
「よかっ…… た」
力尽きたように倒れると、黒い粒子になるスピードが増した。黒い粒子は分散し、一つ一つが透明になって消えていった。
「許さねぇ……」
「俺の腕を食いちぎった奴には、同じセリフを返してやるよ」
火狼は腕を吐き捨てて、姿を消した。
「逃げるのか」
「まさか。しっかりとどめを刺してやるよ」
と、林の方から声が響く。
日向は声の方を振り返るが、姿は見えない。
さっきの霊的な炎で懐に入れていた幣が燃えてしまっていたので、日向は自らのシャツを切り裂き、文字を描いてそのシャツに念を込めた。失われた腕に布をつけると、ちぎれた部分が肌色の物質で埋められた。
「……うっ」
痛みまではなくってはいないようだった。
しかし、常人なら出血多量からのショック死しているような状況で、活動出来ているのは、日向が持つ霊的な術のおかげであった。
「……」
腕の切断面に蓋をしたような肌色の部分が、付けた直後より膨らみ始めていた。
またしばらくすると伸びている。




