(90)
「我々は共有する」
何を?
「なるほど。黒い火狼がやったことは知ってるってことね」
「そういうことだ。そのムチが良く燃えることも知っている」
ムチは革製だ、そうは言っても簡単に燃える訳がない。
俺の顔を見て、火狼はニヤッと笑う。
「試してみるか……」
「!」
橋口さんは振り上げたムチを降ろさず、先端を背後の方に落とした。
赤い火狼の周りに炎が上がっていた。
俺は橋口さんに言う。
「素早く降ろして、素早く引き上げれば問題ないんじゃ?」
「これはそんな簡単なものじゃないんだケド」
「……って、どういう」
「霊火よ。霊的な細工が施されているムチの方が効果が高い」
橋口さんがトレンチコートを脱ぎ、炎に素手を突っ込んでみせる。
奇跡のような光景が見える。
「ほら、分かる?」
トレンチコートは霊的な細工が施されているから、脱いだ、というワケだ。
同じようにこの炎に触れれば、ムチを焼ける、ということだ。
「なら!」
俺は赤い火狼に向かって走り出した。
「待って!」
冴島さんの命令が入る。俺は炎に触れる寸前で、気を付けの状態で立ち止まる。
「その炎に触れたら、影山くん、あなたは燃えてしまうわ」
俺は燃えてしまうというのは、どういう意味だろう。
「燃える、ってことは……」
もしかして、やっぱり俺、人間じゃないんじゃ?
冴島さんが言う。
「あなたの霊圧だと、中から火が付くわ」
「なか?」
「考えるな! 燃えてみれば分かるぞ!」
赤い火狼が手かざしながら、動かすと、地面に上がっている炎が俺を囲むように動き出す。
俺は後ろに下がってGLPの竜頭を回す。
「助逃壁!」
光る壁が炎を押しやりながら、どんどん進んでいく。
「ちっ!」
火狼は操り人形を動かすかのように手の平を動かして、炎を『助逃壁』に掛からないように動かす。
「!」
日向が自分ごと上村杏をその炎中へ入る。
日向のジャケットの中にしまっていた幣が燃えだす。
それと同時に上村杏自身が燃え始めた。
「うわっ…… 助けて、助けてください……」
日向の背中で燃えだした上村は、首を絞め続けることができなくなって、転げ落ちた。
「杏奈!」
赤い火狼は上村さんに駆け寄る。
日向は幣をジャケットから捨て去り、身の回りから出ていた炎が消えた。
「上村…… 井村さん!」
俺も自然と杏奈さんの方へ走り出していた。
「やめなさい。あなたにあの子は助けられないから」
冴島さんが命令を入れた。
俺は止まってしまった。
俺は井村さんを助けたいのに、体がいうことをきかない。
「助けたいんです! だって!」
「わかるけど、無理なのよ。見えないのかもしれないけど、彼女に触れたら霊火が燃え移る」
「そんな…… 本当に何か助ける方法はないんですか?」
冴島さんは無言で顔を伏せる。
赤い火狼が、上村さんに、いや井村杏奈さんに口づけした。
そして、口を離して、何かを吐き捨てた。
吐き捨てた先に炎が上がった。
「ああやって、霊火の本人が取り出すしかない」
日向が、ふところから出した銃をぶっぱなし、赤い火狼を吹き飛ばした。
「えっ……」
「あっ、言ってなかったかな。日向は警察官で除霊士なの。あの銃に装填している弾は、霊体にも効くように銀の細工を施してあるの」
日向が言う。
「解説はそれくらいにして、ここは俺が処理する。冴島、橋口、君たちは屋敷に急げ。本来の目的を忘れるな」
「……」
「日向。それって、フラグってい言うんだケド」
俺は倒れている井村さんを見つめた。
「フラグなんてへし折ってやるよ。それに燃えかけの霊体と手負いの火狼なら、俺一人で十分だ。早く、屋敷に急げ」
冴島さんがうなずいた。
「いくわよ、影山くん」
声と同時に命令が入った。
「井村さん!」
「どのみち」
と言いかけた冴島さんの目をみた。
「……」
一度目をそらしてから、俺を見つめ返した。
「どのみち助からない。それに人類の敵に回る霊体を、我々が見逃すことは出来ない」
「……」
俺は冴島さんの後を追うように、屋敷に向かって走っていた。
冴島さん、橋口さん、蘆屋さん、俺は屋敷の前についた。
今回は黒い火狼と戦った時とは違い、十分に霊力を残している。
「……」
橋口さんが変な顔で俺を見ているのに気付く。
「どうしたんですか?」
「その髪…… 私達より短いあんたの髪だけがなびいているんだケド」
「確かに、屋敷に近づくにつれ、強い風が吹いているような気がしたんですが、冴島さんや蘆屋さんの髪はなびいてませんね」
「霊圧の違いによる風。カゲヤマはそれだけ霊体に近い、そういうことね」
蘆屋さんが、俺の腕を取って引き寄せた。
「カゲヤ…… おに…… カゲ…… おにい…… カ…… おにいちゃん」
「えっ?」
「おにいちゃん」
「蘆屋さん?」
俺の腕をつかんでいる力が弱くなった、と思うと、ふらっと倒れかける。俺は慌てて蘆屋さんを抱きとめる。
「どうしたの、蘆屋さん」
「おそらくだけど、霊が乗り移ったのよ。あなたの妹の霊」
えっ、と思ったが、俺は声が出なかった。




