(89)
「蘆屋さん!」
霊弾に対して、呆然と立ち尽くしている蘆屋さんを、俺は突き飛ばすようにどかして、霊弾を両手で受けてしまった。
「くっ」
手で弾けた霊弾が派手な閃光を出して、辺りを照らす。
皆が目を細めて、撃ってきた方向を凝視する。
目が慣れてきて、何もいないと分かると皆が動き始める。
よろよろと立ち上がる蘆屋さんに駆け寄る。
「蘆屋さん、大丈夫?」
「えっ、カゲヤマくん、それ……」
「?」
俺は思わず右腕をかかげる。
つられて左手もあがる。
……違う。
霊弾を受けた右手と左手が手錠をかけたかのように、粘着性のある赤い物質で包まれている。
「なんじゃこりゃ?」
冴島さんが手をかざす。
「霊体を物質転換したんだわ」
「えっ?」
「霊体を一時的に物質化しているのよ。物質が壊れたり、時間がたてば霊体もろとも消失するわ」
俺は腕を下げて、足で赤い物質を取ろうとするが、腕がきつくしまるだけで抜けなかった。
「はずれない」
「……時間をまつしかないわ」
手が動かなければ、手首につけたGLPも使えない。
日向が俺の手をつつきながら言う。
「屋敷に行くのを妨害しようとしているヤツが、あたりにいるってことだな」
「けど、霊弾撃ってきた方向には何も感じません」
「霊弾は曲げられるんだケド」
そうだった。俺自身も霊弾をまげたことがある。赤い火狼と戦った時だ。
赤い火狼が、これを蘆屋さんに付けるために撃った?
屋敷と反対の方向から、近づく人影があった。
「誰?」
冴島さんが言うと、日向がすばやい動きをみせた。
「お嬢様こんなところを一人で歩くのは危険です。私が安全な場所までご一緒いたします」
日向が話しかけている女性は、垂れ目で一重だった。唇は薄く顔はスッキリとほそい感じだが、それらのバランスのせいか、とても美人に見える。どこかで…… どこかで見たことがある女性だ。
日向は片膝をついて女性の手の甲にキスをするところだった。
「日向さん! その女性はっ!」
俺が言ったときには、女性は日向の背後に回り込み、首を締めていた。
「くっ……」
日向が立ち上がって、体を振って引きはがそうとするが、女性は首を絞めたまま離れない。
「あなたは日向というのね。霊力だけじゃなく、ちからも強いみたいね」
「だから見境なく口説くな、と言っているのに…… あなたは火狼の仲間ね」
そうだ。だから何度も俺の前にあらわれたんだ。
「こいつを殺されたくなかったら、カゲヤマを残して下がりなさい」
「くッ……」
日向が女性の腕を外そうとして、力を入れる。
女性の力では、日向の腕力にかなわない。徐々に締まっていたはずの腕が開いていく。
「ふぅ……」
その時、上空から霊弾が放たれた。
霊弾は日向を狙っていたようだが、なんとかかわし、俺と日向の間に落ちた。
「くッ……」
霊弾を避けようとした日向は、再び首を絞められてしまう。
「日向さん!」
日向さんに駆け寄ろうとした俺は、また上空から何かくる、と感じ立ち止まり、バックステップした。
目の前に赤い影が降り、瞬間に蹴りを浴びた。
そのまま飛ばされて、俺は地面を転がった。
「まったく」
そこに赤い火狼が立っていた。
「除霊士一人やれないのか」
赤い火狼は体を回すと、日向の腹を蹴った。
「ふっ、おっ……」
日向は絞められている腕を引きはがそうとしながら、膝が落ち、腹をかばうように体が折れ曲がった。
「杏奈。ほら、今だ、締めあげろ」
「はい!」
あんな、杏奈だって? もしかして、上村杏は、井村杏奈? まさか。全然顔つきが違う。グラビアラインの持ち主である井村杏奈さんにくらべると、スレンダーすぎる。
上村杏はコンビニでバイトしているときに来た娘。井村杏奈は『ミラーズ』でバイトしているときに知り合った娘だ。この二人が共通するとすれば、俺に近づいてきた、ということ。こんな自分に近づいてくる、つまりそれは……
それに、井村と上村、名前の杏奈と杏、という安易な偽名を作った可能性はあった。
「井村さん…… 井村さんなの?」
俺の声は届いただろうか。
片目の火狼がニヤリと笑う。
「聞いたか? 井村だとよ。あの時のお前が忘れられないんだと」
日向を締めるためにしがみついている上村さんは無反応だった。
俺は何か答えてくれ、と思って必死に見つめる。
「こら、よそ見すんな」
赤い火狼が指を伸ばして俺に狙いをつける。
「俺と勝負しろ」
火傷でつぶれた右目で狙いをつけているような恰好だ。けれど、狙いは正確だった。一直線上に俺が乗っている。
「井村さん!」
「てめぇ、そんな腕で俺を無視できんのか!」
撃ってくる。俺は避けきれずに、腕についた赤い物質で受ける。
手で受けた時の何倍もの激痛が走る。
肌というか、腕そのものとこの赤い物質の一体感が半端ない。
「それで受けようってつもりなら、腕ごと砕いてやる」
そういうことか、初めから腕ごと折るつもりだったのだ。
橋口さんが、ムチを取り出して振り上げた。
「なら、あたしが援護するケド」
「またそのムチは燃やしてやる」
「また、って何よ?」
パシン、パシン、と激しく地面を叩く。俺はムチのコースを裂けるように回り込んだ。
腕を左右に振れない分、走るスピードが出ない。
「燃やされたんだろう、そのムチは」
言いながらも、俺の方を確実に狙っている。
「お前に燃やされたんじゃないんだケド」
橋口さんが警戒してムチを頻繁に動かすようになった。火狼に掴まれたら燃やされるかもしれないからだ。




