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「あの場所に一番関係ある人だからさ。この前の一件は除霊士はみんな知っているよ」
日向さんは屋敷の方向を指さした。
まだオーロラのように屋敷の上空なのだろうか、様々な光が見える。
「ほら、避難勧告の結論出すわよ」
「麗子くんも、久々に会ったというのにせっかちだなぁ」
「……ああ、もうあんたの女になんかならないから、会う度に口説くのは省略して頂戴」
冴島さんは、そう言いながら、手で虫でもはらうかのような仕草をする。
「酷いな、橋口くんも結果としては断ったが、ちゃんと話しを聞いてくれたぞ」
「麗子がくるまで時間があったからね。暇つぶしのつもりだったんだケド」
「まあ、いい。さて、ここに避難勧告をだすか、どうかだが」
冴島さんがパッと手を広げた。
「ちょっとまって、さっきの霊圧ゼロっていうのは……」
「周辺がほぼゼロ。中心となる屋敷の霊圧が異常に高くなっているのが原因よ」
「カンナ、変なこと言わないで。普通、高い霊圧のポイントから低い霊圧の方向へ流れ『出る』ものなんだけど」
「調べればわかることだけど、流れは屋敷に向かっているわ」
「どういうことが考えられるの?」
「竜巻とか、そういうような。一斉に流れ込むような力が働いている、って感じな」
日向さんが指を立ててそれをぐるぐると回す。冴島さんは、粘土かパン生地をこねるかのように手で空気を集めるような仕草をする。
「あの中で、こう…… 実体化するとか?」
「麗子くん、するどいね。僕の予想もそうだ。おそらく中心は霊体が実体化してもおかしくないくらいの霊圧だよ」
「霊はそもそも実体なのでは?」
俺がそう言ったが、軽く無視された。
「この前の火狼より厄介ね」
「僕の意見だが、とにかく、避難勧告をだそう。この流れがとまったり、逆になった時も大変なことになる」
「そうね」
「あたしも最初からそのつもりなんだケド」
橋口さんが腰に手を当ててそう言った。
そして、近くに立っていた警官に向き直る。
「市長にこの区域の避難勧告を出して。とりあえずここ24時間は危険だわ」
「わかりました」
警察官が慌てて市長へ連絡をとる。
「それで、麗子くん達は屋敷を確認しに行くのかい?」
「もちろん。松岡と玲香はおいていくけども」
次に視線がこっちに来た。
「……」
無言でうなずいた。そもそも、その為にここについてきたのだ。
俺は人間ではないかもしれないが、それならそれで別の役にたてるかもしれない。
「カンナはどうする?」
「この屋敷に興味がないなんて、除霊士じゃないわね」
視線を向けられた日向は一旦手を振り、止めて押し戻すような仕草をする。
「僕も興味はあるけど、中に入るのは君たちに譲るよ」
「フン。臆病もの」
「この後、デートの約束があるもんでね」
「……どうでもいいわ。行きましょう」
俺たちはゆっくりと屋敷の方へ進む。
今、暮らしている貸家の近くを通る。
俺は気づく。
「あれ、日向さんもいらっしゃるんですか?」
「屋敷の周辺まではお供するよ。そこで皆が消耗してしまったら屋敷に入れないだろう?」
「ねぇ、待ってよ!」
声に振り返る。
「蘆屋さん!」
避難勧告は今まさに出たか出ないか、という状態だ。蘆屋さんは屋敷に一番近いこの場所に住んでいるのだから、逃げられていなくて当然だ。たまたま外を通りかかった俺たちの姿に気付いて出てきたのだろう。
と、日向が蘆屋さんの前に進んで片膝をついた。
「これは素敵なお嬢様だ。お近づきの印に、この花を……」
蘆屋さんは差し出された花を避けるように回って、俺の背後につく。
「なにこのデカブツ」
確かに日向さんは大きいが、普通は高身長、高学歴、高収入は理想的な男性の特徴だと思うのだが。
冴島さんがため息をつくと、言った。
「えっとね、この男、女と見れば口説かないと気が済まないのよ」
その言葉をスルーして日向さんが、蘆屋さんに近づく。
おびえたように体をすくめて、蘆屋さんは言う。
「あたしはカゲヤマの方いい」
そして、パン、と花を弾き飛ばした。
「……なぜ、こんな男に俺が?」
花は花ビラを散らせながら、宙を舞い、落ちた。
俺は思った。この後、デートの約束があるにも拘わらず、目に映る女性を口説こうとするからダメだのだ、と。
「俺はいつからこんなにモテなくなったんだ……」
デコに手をあてて深く反省をするようなポーズをとる。
「そこで落ち込まない。完全に日向の方がイケメンよ。蘆屋さんの意見は参考にはならないから、気にしないことね」
急に立ち直った日向は冴島さんの方に近づいていく。
「麗子、もしかして俺たちにはまだ可能性があるってこと?」
「前にも言ったけど、日向は生理的に無理」
「……」
屋敷の門に近づくと、大きな門の脇にある通用口が壊されていた。
以前、この鍵を使って開け閉めした屋敷の出入り口だった。
俺は取り出した鍵をポケットに戻した。
「鍵はいらなかったみたいね」
「この状態だとそとの霊圧が上がってもおかしくないんだケド」
屋敷の壁、門が中の高い霊圧を逃がさないように封印しているはずなのだ。だから、内側の霊がここから吹き出してもおかしくない、ということだ。実際、以前は屋敷周辺に霊が漏出し、霊が取り憑いた人間が犯罪を犯し始めた。
日向が言う。
「……いや、さっきとかわらない。霊圧はむしろ低くなっている。そのせいで周囲から変な霊を引き込み始めている」
「誰かが感づいてこの扉を壊して押し入ったってこと?」
冴島さんは言い切った。
「火狼ね」
「なぜ言い切れる?」
冴島さんは屋敷の中を指さす。
「木に点々と霊痕が見えるでしょ? 犬系のマーキングよ」
「……本当だ」
日向はそう言って、ひたいに手をあてた。
彼も流石に除霊士なので、木々についている霊痕が見えているようだ。
「黒い火狼より間抜けなんだケド」
「それはわからないぞ。わざと霊痕をのこして追いかけさせているのかもしれない。分かっていても倒されない、という自信なのかも」
全員が順番に屋敷に入り、正面の門から続く道を歩き始めた。
やはり道の端に立つ木に、ほぼ一定間隔で、霊痕が見える。それはみな同じような高さにある。日向が言っていたように、火狼がわざと追いかけさせているように思える。
屋敷まで半ばほど来たところで、左の林から赤い霊弾が放たれた。
霊弾にはスピードがなく、全員が気づいたかに思えた。




