(87)
女が黙っていると言葉をつづけた。
「あの屋敷で大規模で、強力な降霊の儀式が行われた。世界の覇権を握ろうというのか、それとも不老不死を目指したのか。その目的はしらない。もしかすると、本当に高霊圧の人間を作り出す実験だったのかもしれない。ただの宴会だったという話もあるが、ただの宴会で一家が失踪するなどありえないだろう。降霊の儀式の結果一家は姿を見せなくなった。そして、半年後に奴だけが屋敷の外に姿を現した。ただ、記憶がなかった」
「奴というのは」
「カゲヤマに決まってるだろう!」
男はヒステリックにそう言った。
男は自分でも興奮しているのが気に入らないのか、女から視線をそらしてからまた言葉をつないだ。
「屋敷は高い霊圧を保ったまま封印されていた。屋敷の住人は失踪したのではなくて、高い霊圧によってひとの姿を保てなくなったのだ。人の姿をしているのは、つまりカゲヤマだけ。屋敷の中には奴に入りきらないほどの霊がまだ渦巻いている。教祖様はその霊をすべて手に入れようとしているのだ」
「……」
女は半信半疑の様子だった。
男は苛立ったように机を叩いた。
静かな部屋に音が響き渡る。
「じゃなきゃ、俺が人間に負けるわけがないんだ」
「実験体は人間じゃないのでは?」
「負けてない。俺は負けねぇ」
言い終えて、目をつぶってスキットルを咥えるが、すぐに目を開いた。
どうやらスキットルの中の液体が空になったようだった。
「買ってこい」
「……」
女は会釈をして部屋を出て行った。
「くそっ!」
男は机を蹴飛ばして、頭を抱えた。
冴島さんが病院に迎えに来てくれた。車に乗り、俺は松岡さんの横に座っていた。
後ろの席から声をかけられる。
「どうしたの、さっきからずいぶん暗いじゃない」
「黙っているとこんなもんですよ」
「そうじゃなくて、表情とか態度とか」
「……橋口さんが」
「ちんちくりん除霊士がどうかした?」
「……人間じゃないって」
聞こえていないのか、反応がなかった。
「俺は人間じゃないって」
「……」
冴島さんは黙ってしまった。
俺はちらっとルームミラーで後ろの様子を見た。
何も言い出す気配がなかった。
視線を前に戻して、流れる風景をぼんやり眺めていた。
「自分自身のことでしょう?」
「えっ?」
「自分が、変わらなければ、それは今まで通り、人間なんだと思う」
「……難しくてよくわからないです」
大きなため息が聞こえた。
「……はあ。かっこよくキメたと思ったんだけどな…… 私の考えだけどね。自分がモンスターだ、と思って、モンスターのように振舞えば、それは人じゃなくてモンスターなの。姿かたちがいくら人間でもね。けど、自分は人間、自分は人なんだ、とおもってとる行動は、たとえモンスターの姿だったとしても、それは人なんじゃないかしら、考えのもちようなんじゃないかしら、ということよ。これならわかる?」
「はい」
「だから自信持ちなさい」
「はい」
「強い霊が憑いているVIPだって、中にいる霊を抑えきれなくなることがある。抑えきれず、霊に飲み込まれてしまえば人の形のまま人でなくなるわ。強い霊を憑けたスーパーアスリート達だって、そういうことはありうる。失敗している人たちは皆そう」
「……」
霊を抑え込むから人間でいられる…… じゃあ、霊を押さえられなければ? そうなった時、俺はどうすれば?
「冴島さん。冴島さんには霊が憑いているんですか」
「ええ。私にも……」
「お嬢様、お話の途中ですが、あれを」
松岡さんが正面を指さした。
その方向の青い空に、赤や緑に色がついていた。虹のようにも思えたが、色は順番にはなっていないし、真上に立ち上っているようだった。
「なんですか、あれ」
「屋敷の方角です」
「あんな巨大なものは初めて見るけど、オーラね」
「オーラ?」
「後光というか、霊気が持っている物理的性質の一つよ。空間が歪んで光が曲がるから特定の色がついて見えるのよ」
その時、車内に高くて大きな音が響いた。
「……ちんちくりんから電話だわ」
冴島さんが、二つ折りケータイを開けると、車内に橋口さんの声が響き渡った。
『冴島? あの屋敷よ。屋敷を中心に広範囲の霊圧上昇があった。周辺の犯罪発生が酷くて、道路封鎖だけじゃなくて、避難勧告を出すか検討するから判断してくれって、ねぇ、聞いてる?』
「聞いてるわ」
『早くこっちに来て』
「ええ。すぐいく」
「避難勧告?」
「除霊士が三人いて、二人が妥当と判断すれば、危険区域に避難勧告が出せるの」
「三人? 橋口さんと冴島さん以外の除霊士が来ているわけですね」
「たぶん、あいつだとおもうけどね」
「?」
検問を過ぎてしばらくすると、ヘッドライトの先に橋口さんが現れて手を振った。
「ここ、ここにとめて!」
松岡さんが車を止めると、俺と冴島さんが車を降りた。
橋口さんが言った通りに、松岡さんは車を駐車位置に移動させる。
「避難勧告って、そんなにひどいの?」
「見て」
俺も橋口さんのスマフォをのぞき込む。
限りなくゼロに近い数字がゆらゆらと表れている。
「ゼロ?」
「そうなんだよ」
低く重い声がすると、俺の肩に大きな手が置かれた。
振り返ると、高身長のイケメンがそこにいた。
「……はじめまして」
「?」
「初めまして。日向亮です。君があの『カゲヤマ』くんだね?」
大きな手を挿しだして、握手を求めてきた。
それに手を出すと、片手で包み込まれるようになりながら、軽く握手をした。
「なぜ俺のことを?」




