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俺と除霊とブラックバイト  作者: ゆずさくら


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(84)

「お会計、千五百八円になります」

「これで」

「二千円お預かりします」

 俺がお釣りを渡すとき、蘆屋さんが見つめながら手を握ってきた。

 俺は一瞬、冴島さんの方を横目でみた。

 冴島さんは目線だけそらし、秘書の中島さんは頭の左右に指を立てて『鬼』をあらわしていた。怒っているぞ、ということだ。俺は背筋に寒いものを感じた。

 蘆屋さんを見ると、まだ俺を見つめている。

「あの、手を……」

「ご、ごめんなさい。(早く帰ってきてね)」

 早く帰ってきてね、は小さい声だった。なんでこうなっているのか、いつデレたのか、まったく不明で、この一方的なラブラブモードをどう処理していいいか分からなかった。絶対に部屋に戻ったら、突っ走ってしまいそうだ。

「蘆屋さん、帰るわよ」

 その冴島さんの氷のような声で、再び俺は背筋が寒くなった。

 俺はさっとバックヤードを覗き、店長がまだ術がかかっていることを確認して、店の外に走った。

「冴島さん、ちょっと話が」

 とにかくこのまま家に帰られたらまずい。誤解を招いてしまう。

「全国降霊者協会でしたっけ? あそこから頼まれた事案の件です」

 冴島さんが何か思い出したように戻ってきた。

「それがどうしたの。何かあったの?」

 俺は手短に降霊者と話しをしたことを説明し、二万円で降霊してくれるかもという話をした。

「なるほどね。カンナにも相談してみるわ。明日の何時って言ったっけ……」

「店のバイトの前なので、18時とか、かな?」

 冴島さんは、なにかメモを取っていた。

「二万円はとりあえず自分で立て替えておいて」

「えっ……」

「まさか貯金ないの? この前、バイト代も振り込んだよね?」

 勝ち誇ったように俺を指差した。

 いや、確かに振り込まれていました。さまざまな経費を引かれてましたが、本当に様々で細々とした経費が。

「あ、そ、そう、ですが…… 今回のこの降霊にかかる費用、経費で落ちないですか?」

「ちゃんとした結果が出ればね」

「捕まれば? ってことですか」

「捕まらなくてもいいけど。正しい判断だった、と認められれば」

「……」

「ちゃんとした使い道なら、後で返ってくる。用途が不正だったら帰ってこない。当然の話と思うけど…… どこに文句があるの? それに詐欺じゃなくて、降霊してもらって本当に効果があったら、二万円の価値があるわけじゃない」

「い、いえ、おっしゃる通りですが」

 本当に金が返ってくるか、要件がみたなければ返ってこないってことだ。それがわからないまま、まず自腹で二万円も払うのか…… 体が震えた。




 芦屋さんとなにかあるはずの夜は、バイト先にいたこともあり全く何事もなく過ぎてしまった。

 コンビニにやってきた芦屋さんと、俺が朝帰った時、部屋で待っていた芦屋さんは別人のような状態だった。デレのデの横棒の書き出しすらないほどで、その何倍もの『ツン』な、塩対応だった。コンビニに来た芦屋さんは、なにかに取り憑かれているような雰囲気だったから、塩対応されたほうが安心ではあった。

 それに、この後、入道と取引する件があり、もし今、芦屋さんと熱い時間を過ごしたら、俺はまともな精神状態で入道の件にあたれなかったろうから、これはこれで良かったのではないか思うことにした。

 もともと、この入道(にゅうどう)の案件は、元々全国降霊協会から依頼を受けた違法降霊師の調査だった。入道は、ミラーズに顔を出しているのが目撃され、無許可で降霊をしていたのではないか、というところまでは調べがついていた。今回は、たまたま向こうが声をかけてきたので、俺が(おとり)になり俺に降霊を行ったところを捕まえるという作戦になったのだ。俺は駅に向かう通りの途中で待機する。警察の体制が整い次第、スナックに入っていって降霊してもらうという算段だ。

 橋口さんが通りの反対側に現れ、小さく合図をした。準備は整った。

 俺は通りをあるき始めて、スナック・アヤカの扉を開けた。

 カランカラン、と扉についている鐘が鳴る。

「こんばんは」

 誰もいないようだった。

 室内は薄暗く、スツールがいくつか、と背の高い四人掛けの座席が三か所ほど。それ以外はカラオケ装置と、申し訳程度の大きさのミラーボールがあった。ミラーボールはゆっくりと回っていて、弱く光りが当たっていて、それをあちこちに反射していた。

「こんばんは、入道さんに会いたいんですけど」

 やはり声に反応がない。まさかバレた? 警察の動きを察知されたかもしれない。俺は緊張した。

「すいません…… どなたかいませんか?」

 カウンターの奥にはボトルが並んでいた。その横には色紙が何枚か。アヤカさんへというのは読めるが、それ以外は何が書いてあるか全く不明だ。

「だれかいませんか?」

 俺がちょうど店の中央に立った瞬間だった。

 ミラーボールが急に激しく回転を始め、当たる光が強くなった。それが、何を意味するのかを知らずに、俺はその様子を眺めていた。

「あれ?」

 足が動かない。肩の上から押さえつけてくるような力がかかる。

「!」

 上からの力で、自然と下を向くとそこには記憶にあるような魔法陣が描かれている。それは以前、橋口さんと一緒にハメられた結界そのものだった。

「しまった……」

 ミラーボールの形が変形しているのか、床に描かれる陣が大きくなる。

 大きくなるにつれ、上からかかる力も強くなる。

 耐えられなくなって俺は膝をついてしまった。

 そして、両手を床につく。

「馬鹿だなあ。君は……」

 上からの力が肩以外にも広がってきて、声のする方に顔を向けられない。声は、昨日の入道(にゅうどう)の声に違いなかった。

「入道、か?」

「ああ。君は自部自身に()いている霊の力を知らなさすぎるよ。こっちが二万円もらって付ける霊なんぞ何十分の一、いや何百分の一にも満たないだろう。今、憑いている霊の力を使えばモテる程度のこと、造作もないのに」

 抑え込んでくる力は強くはならなかったが、弱まりもしない。抵抗するせいで、体の力だけが奪われていく。

「そういうことさ。金をもらって君に降霊する意味なんて、ないだろう? 逆だよ。こっちが君から霊をいただくのさ…… 残念だが、対価はない。もし金にするなら、高額過ぎてて払えないしな。はははは」

 入道の話しが止まった。

 顔を上げられない俺は、声がしないとどこに入道がいるのか分からない。

 精一杯顔を上げると、視野の隅に靴が見えた。

「入道……」

「しぶといな。さっさとここに突っ伏すだろうと思っていたが。しかたない。強制的に突っ伏してもらう」

 二つ見えていた靴が一つ後ろに下がった。

「うっ!」

 入道の靴が、俺の腹に蹴り上げられた。

 軸足だった方の足が、わずかに前に進むと、もう一度蹴り上げられた。

「っ……」

 体の奥から上がってくるものを感じたが、結界の圧力のせいか途中で止まった。

「本当にしぶといな。そういうのいらないんだけど」

 足の位置が体の上の方に動いてくる。

 そこから足を振り上げると…… 俺は目を閉じた。

「プッ……」

 鼻が存在するような感覚がなくなっていた。血で詰まって息が出来ない。

 床に口から鼻から出ていく血が床溜まって、結界に働く力で周りへ押し広げられていく。

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