(82)
反対側のドアは松岡さんが開け、そこからは冴島さんが降りてくる。
松岡さんが車を駐車場へ移動させると、俺の前に屋敷が見えた。
俺がいた、屋敷? 俺の家族といた、屋敷?
この一年ぐらいの記憶はなく、この屋敷のことは覚えていない。一年以上前にもここに住んでいたのなら、そんなことが思い出されても変じゃないのだが……
「……」
ぽん、と肩を叩かれた。
「あまり意識しすぎないことね」
俺はもともと住んでいた部屋の方へ振り返り、荷物を抱え、部屋を目指した。
階段の下に来た時、蘆屋さんがいないことに気付いた。
「どうしたの?」
「蘆屋さんがいません」
蘆屋さんを探しに、俺は部屋の前に荷物を置いて車を降りたあたりに戻った。
すると屋敷を見つめたまま、蘆屋さんが立っていた。
「蘆屋さん?」
俺は屋敷側に回り込んで、蘆屋さんに正対して言う。
「どうしたんですか?」
「……」
うつろな目をしていた。
「蘆屋さん? 大丈夫? 蘆屋さん!」
俺の声が聞こえたのか、急に瞳に火が入ったようだった。そしてこう言った。
「お兄ちゃん!」
「おにいちゃん?」
蘆屋さんは大きく頭を縦に振った。
「そう! お兄ちゃん」
「……何言ってるの。蘆屋さん部屋に入ろうよ」
俺は少々強引に蘆屋さんの腕を引いて部屋の方に向かった。すると、
「違うよ! お家はあっち!」
屋敷を指さし、逆に俺が引っ張られてしまった。
「どうしたの? 蘆屋さん」
「!」
蘆屋さんが、急に力が抜けたように倒れ込んでくる。
俺は慌てて蘆屋さんを抱きとめる。
蘆屋さんがいたところには冴島さんが立っていた。
「何をしたんです?」
「この娘、屋敷の近くに住み過ぎたのかも」
なんのことだろう、ここに住んだ長さなら俺の方が長い。
「いや、そうじゃなくて」
俺は冴島さんに見せるように蘆屋さんを揺さぶった。この娘が起き上がらないのは何故か、ということを伝えたいのだ。
「ああ、ちょっと私の術で寝てもらっただけよ」
「……なんか変なことを言っていたのは何ですか」
「さっきも言ったけど、この屋敷に影響受けたのよ。あなたがきっかけになって、大学の近所で話していた時から、変だったけど、おそらくその何か霊が渦巻いてるんだわ」
思い返してみた。確かに、教室にいる間はそんなに変ではなかった。
具体的に引っ越したいと言い出してからだ。
「駐車場の時から変だった?」
「変じゃなかったら、あんたに向かって頬を染めるような女の子はいないわよ」
自分の顔がムッとなると同時に、やはりモテていないことにショックを受けた。
「……」
黙っていると、冴島さんはさっさと部屋に戻っていこうとする。そこで突然立ち止まると言った。
「火狼を撃った霊弾は良かったわ。決戦まであの間隔を忘れないことね」
「はい…… って、ちょっと待ってください。決戦ってなんですか」
冴島さんは屋敷を指さす。
「もうすぐあそこで始まるの。そうじゃなければ私達もここに来なかったろうし、その娘もさっきみたいにならなかった。今度は決戦、になるわね。絶対」
「……」
ここからでは、奥に立っている屋敷そのものは見えない。だが、まるで透けて見えるように、屋敷の様子が思い出された。橋本さんと冴島さんが力を出し尽くして、火狼を倒した戦い。次は、屋敷の中へ進むのだろう。そして、屋敷の秘密がわかる。そうなれば俺の記憶も…… 戻る?
「あれ?」
冴島さんは部屋に戻ってしまっていなかった。俺は一人で蘆屋さんを抱きとめていた。
蘆屋さんを部屋に連れていくのを手伝ってくれないなんて、酷い。
「お、重いよ、蘆屋さん……」
俺は時間をかけ、蘆屋さんを引きずるようにして部屋に入った。
蘆屋さんの目が覚めなかったので、俺は何も告げずにコンビニのバイトに向かった。距離が近くなった分、遅く出ても間に合った。
制服に着替える前に店長に挨拶すると、店長は暗い顔をして、俺に言った。
「あの客……」
店長の視線の方向を見た。成人コーナーの本を立ち読みしている髪の毛のないおっさんが立っていた。成人コーナーのエロい本を見ているとは思えないような、鋭い眼光。
あれ? この男……
「もうかれこれ三時間になるだろうか、本の上のホコリを取ってみたり、床を掃除しじいったり、なんども邪魔だ、とアピールするんだが、帰ってくれんのだ。まったく」
「ハッキリ買わないなら帰ってください、って言えばいいんじゃ?」
「……わかってないな。まったく。二度とこなくなったり、悪い噂を立てられては困るんだよ。だから、やんわりと帰ってもらうんだ。わかったね」
「はい」
男の姿を思い出していた。
前のバイト先『ミラーズ』周辺で降霊していたあの男だ。
こいつが、降霊をしている証拠をつかんで、殺人や窃盗の補助した罪を立証しなければならない。
制服に着替えた後、俺は顔を隠す為にマスクをつけて男に近づいた。
「!」
さして近づかないうちに、気付かれた。男は俺の顔をみて、首をかしげる。
集中して読んでいたエロ雑誌を閉じて、棚に綺麗に返す。俺は怖くなって目をそらし、コンビニの外に出た。
しかし男は店のガラスを通してずっとこっちを見て、近づいてくる。
店を出てきて俺を呼び止めた。
「お前…… どこかで」
橋本さんと追いかけた時に、結界に閉じ込められたのを男も覚えていたのだろうか。それとも、井村杏奈さんを助けるために入った公園でこのだろうか。もっとも、あの時は、顔をはっきり見るほど近くまで近づけなかったけれど……
「まあ、いい」
アッと言う間に距離を詰めてくる。
「お前、モテないだろう?」
とりあえず、バレてはいなかったようで安心した。
「な、なんのことですか?」
「女の子にモテないだろう? モテたくないか。いい方法を知っているぞ」
俺の顔をみて開口一番、それっていうのは、どれだけモテないように見えるのだろう。大体、鼻と口は見えないはずだ。何を根拠に俺がモテないといっているんだ。モテないオーラでも出ているというのか。




