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また、パチン、と強烈な一撃が放たれる。駐車場に、たくさん人が転がっている中を、ピンポイントで鞭を打てるというのはものすごい才能だ。
……と、パトカーのサイレン。
「除霊士だけではなく、警察も連れて来たか…… まあ、覚えておくんだな、今度は確実に仕留める」
赤いスーツの男の前に、火柱が上がる。
炎は 巻き上がるように空へ消えていく。
「いない……」
俺が炎が消えた先を見ていると、橋口さんがやってきて俺を起こしてくれた。
「ねぇ、ここにいっぱい倒れている連中はどうなってるの?」
パトカーの後に、たくさんの救急車がきて、駐車場いっぱいの不良連中を運んでいった。
俺はさまざまなことを警察に答えたが、橋口さんがある程度ブロックしてくれたおかげで、署まで行く必要はなくなった。
「ありがとうございます」
「恩を売っておいたほうが得だからそうしているだけよ。そこ、よく覚えておいて欲しいんだケド」
「もちろんです」
俺がそう言うと、橋口さんが笑って答えた。
「よろしい。じゃあね」
「さようなら」
橋口さんがバイクにまたがって去っていくと、俺は背中に視線を感じた。
「ほら、着替えな。キミにはバイトが残っているよ。まったく」
「……」
ゆっくり振り返ると、うなずいて、バックヤードへ入る。制服を着てから、店内に戻る。
入店音に反応して、「いらっしゃいませ」と言って入り口をみると、見覚えのある女の人が入ってきた。
ショートボブに…… 化粧はしていない。だぼだぼのスウェットの上下を着ている。
「……」
メイクはしていないが、蘆屋さんに違いない。こんなに印象が違うのか、と思ってしまう。ノーメイクだとブスだというのではない。日中のキツイ感じとは違い、メイクを落としただけで素直で優しそうに見えたのだ。
幸い、蘆屋さんには気づかれていない。また店長に文句を言われるから、俺がここでバイトしているのはバレないようにしたかった。
俺は商品をチェックしているふりをして、蘆屋さんをやり過ごし、バックヤードに逃げ込もうとした。
「お会計おねがいします」
レジ側から蘆屋さんの声がした。俺はそのままバックヤードに入って逃げ切れる…… 予定だった。
「なんだ。いるじゃないか。ほら。レジ」
店長に指で胸を突っつかれてて、俺はレジに入るしかなくなってしまった。
俺は振り返り、レジへ向かった。
「お会計お願いします」
腕で口を押えながら、声を変えた。
「はい、お待ちください」
これだけ声がこもればバレないだろう。
問題はレジ打ち時に正面に立った時だ。
「ゴホッ、すみません、咳が酷くて」
「……」
俺は腕で口を押え続けながら、商品のバーコードをチェックし、会計を進めた。
「八百六円になります」
がんばって、目も合わせないようにしていると、スウェットからでも判る、蘆屋さんの体の線に見惚れてしまう。
「……ちょっと。ジロジロ見ないでください」
「えっ、いやそんなつもりは……」
「……さっきから変ですよ。その腕何か隠して」
不意に腕の裾を引っ張られ、顔を晒してしまう。
「あっ…… あんたカゲヤマっ」
蘆屋さんは思い切り俺の顔を指さして言った。
「別に見惚れてたとかねぇし」
あっというまに蘆屋の顔が真っ赤になる。怒りなのか、恥ずかしさなのか。
「やっぱり体見てたのね! 変態!」
言い終わるか終わらないかのところで、平手打ちが俺の頬に入った。
「いっ……」
俺がほおを押さえていると、あっという間に店長が出てきて、蘆屋さんに謝った。
「申し訳ございません、店員がなにかいたしましでしょうか」
蘆屋さんは店長の肩を叩く。
「顔を上げてください。私の勘違いでした何もされてませんから大丈夫です」
「しかし、不快な思いをさせてしまいましたので。今回のお買い上げ分はサービスさせていただきます」
店長は蘆屋さんが置いたお金を取ってそのまま返してしまう。
「いえ、こんなことされたら次来れなくなってしまいますから」
「今日のところはお納めください」
店長が再び深くお辞儀をすると、蘆屋さんは困ったような表情を浮かべながら帰っていく。
「またくるね。カゲヤマくん」
蘆屋さんの姿が見えなくなった途端、店長の説教が始まった。
説教が終わると、店長は仮眠をとると言って奥に引っ込んででてこなくなった。俺は夜更けから夜明けまでの客が最も減る時間も、棚の整理やら商品の受け入れなど一人で、休みなく働いた。
店長が起きてこないことを確認し、倉庫から有機溶剤を取り出した。駐車場に防水スプレーで描かれた陣を解くためだ。
ブラシに付けて、こする。酷い匂いがしたが、とにかくこすり取った。
駐車場のライン自体も少し消え気味になってしまったが、とりあえず描いてあった陣は消し去った。
そもそもあれだけの霊力を吸い込んだのだから、もうしばらくはここに戻ってこないだろうが、ここに不良を呼び込むような陣はないに越したことはない。
もうすこしこのコンビニで様子を見れば陣が働いていないことがわかるだろう。
俺は朝を待って、冴島さんに報告した。
「ああ、連中がまた霊を漁ってたってね」
「トウデクア…… 多分、あの格好は前にみたの火狼の仲間でしょう」
「虫を飛ばしてたって」
「はい」
俺は腕や足の傷のことを思い出す。食われたように穴が……
「それで、陣の謎は解けたの?」
「はい! 見えなかったのは、防水スプレーで書かれてたせいで。雨が降ってわかりました」
「そう。それで陣は書き写した?」
……まずい、のか。スマフォで写真とっとくべきだったか。
「い、いえ」
「それじゃ、降霊陣だったのか、陰陽陣だったのか、なんの術の陣だったかわからない?」
「……不良のたまり場だったので」
「降霊陣かな。カンナも居たのに気づかないなんて」
「すみませんでした」
「いいのよ。今日はよくやったわ。後、悪いんだけど」
「はい」
「虫。気をつけないと、家に入り込む可能性があるから、玲香に頼んでおくから、きっちり消毒して」
「……は、はい」
消毒…… か。
通話が切れると、俺は店の中に戻った。
交代するまでのちょっと早い朝の時間に、やけに来客があった。
いつもならダラダラとまばらにやってくる客の会計をすればよかったが、今日は店長も本気になるぐらい忙しかった。あんな立てこもり事件があったコンビニだから、客が来ないのだと思っていた。もしかすると、俺があの陣を消したから客足が戻ったのかもしれない。




