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コンビニに買い物に来る客が一人も来ない訳がなく、これだけ派手に喧嘩をすれば、そのうち通報されて警察が来るだろうおれは軽く考えていた。
武器を持った奴が優先的にやられ、駐車場には鉄パイプやらバットやらが転がっている。
素手での殴り合いをする連中もいるが、一発直撃を受けたら殴られた方は戦意喪失、殴った方も相当腕が痛いのか拳でた高くなる。一人、また一人、と駐車場に倒れ込んでいく。
「ん?」
倒れ込んでじたばたしている男から、陽炎のような空気の揺れが上がっているように見えた。
喧嘩をするとストーブみたいに熱がでるのだろうか、と考えたがそんなわけはない。不良連中の怒号に交じって、変なモーター音が聞こえた。
「まさか……」
その陽炎のような空気の揺らぎは、コンビニの屋根の方につながっている。
空気の揺らぎが途切れた、と思ったら、倒れていた男は眠るように静かになった。
「霊力を吸っている?」
確かに駐車場でバトっている連中は、何か取りつかれたような表情をしている。
それにしても、まったく警察が来る様子がない。俺は思わず天を仰いだ。夕方ごろから、良い天気ではなかったが、そろそろ雨が降り出しそうな雲行きだ。
不良グループ同士の喧嘩も、立っている連中の方が少なくなってきた。
その倒れた連中から、次から次へと霊力を吸い込んでいく。
「絶対にあいつらだ」
屋根の上に霊を吸い込む掃除機のような機械を持ち込んで吸い込んでいる。以前、同じような機械を使っていた黒い火狼は倒したが、今度は、この前の赤いジャケットの男がここの霊を集めさせているのだろう。
喧嘩をやめさせるか、屋根のやつを止めないないと、全員分の霊気を吸い込まれてしまう。
「なんとか、なんとかしてほどけないか」
勢いよく腕を引いて、ガシャガシャとやるが、紐は頑丈で簡単に切れそうにはない。
「……」
霊弾で紐を切る。それしかない。やり方によっては紐を切るくらい出来るだろう。問題は、見えないものを目標に撃たなければならいことだ。
ふと、屋敷での霊弾の飛び方を思い出した。まるで誘導弾のように目標を追ってきた。やり方によってはそういうこともできるということだ。落ち着いて、力を発揮できれば不可能なことではない。俺はなんども自分に言い聞かせた。
「いくぞ」
ポツ、と頬に何か落ちてきた。雨だ。
立ち上げれずに前に投げ出されている足でも、雨粒を感じた。
「とにかく、外れろっ」
指先から霊弾が出て、手首を縛っている紐を切ってくれているはずだった。
しかし、立ち上がろうとしても、やっぱり紐がかかって倒れてしまう。
雨脚は急速に早くなって、土砂降りになってきた。
「ほらっ、行けっ」
声は雨音にかき消される。
喧嘩している不良たちも、動きが鈍くなっている。服が濡れて重くなるのと、前が見えないからうかつに動けないようだ。
しかし屋根からの霊の吸出しは止まることがなかった。
もう濡れて戦意喪失したヤツから、強引に霊を引き抜いているようだった。立っていたやつも、霊力を抜かれると膝をつき手を付いてびしょ濡れのアスファルトに突っ伏してしまう。
「こらっ、やめろ!」
俺は屋根に向かって言った。
「ちきししょう、外れてくれっ……」
霊弾が出ているのか、出ていないのか。そんな手応えすらない。
雨が弱ってきた時には、もう駐車場で動ける人間は俺だけだった。
「頼むから、紐を切ってくれ……」
目を閉じ、気持ちを指先に集中させる。
プッと音がしたようだった。手首にかけられていた圧力が軽くなる。
「やった!」
俺は目を開いて、雨が上がった駐車場をみると、そこに陣が浮かび上がっていた。
きれいに水をはじく所と、そうでないところ。この駐車場に陣を描いた者は……
「防水スプレーか」
見えるようなペンキやチョークではなく、防水スプレーでここに陣を描いていたのだ。
俺は立ち上がって、駐車場からコンビニの屋根を振り返る。
「いない……」
「どうやらうまくやったようだな」
後ろから声がした。
いや、声がするより先に、何か圧のようなものを感じていた。空気を押しのけるような、磁石が反発しているような、見えない力。
声のする方を振り返ると、俺は飛んできた虫のようなものを掃った。
「お前が……」
赤いスーツに黒いシャツ、そこに真っ赤なネクタイ。あれだけ降っていた雨にぬれなかったようだ。
「誰だ」
赤いスーツの男が、指を弾くようにするとまた何かが飛んでくる。それが何かを見分けられなかったが、手でそれを掃った。
「確かにいい目をしているじゃないか。じゃあ、同時ならどうだ?」
男は少し近づいてきて手のひらを開いて俺に向けた。そして、何かを掴むように指を一斉に曲げ、すべての指が俺を向いた。
何かが高速で五発。飛んでくる。
これは手では掃い切れない。俺は体ごと転がって避けた。
俺が括られていたあたりで、連続して何かが爆ぜたような音と光がする。
「お前、誰だ」
「立場を考えてから発言するってのを覚えろ」
今度は両手を俺に向けて来た。
避けれない、いくらなんでも……
とにかく、手を出たらめに振り回して、いくつかを払い飛ばした。
「うわぁっ……」
当たったところに激しい痛みとともに、周囲の筋肉が痙攣したように勝手に動きだす。
「虫? 虫か?」
腹、腕、太ももに手を伸ばし、突き刺さっている虫を引き抜く。
気付いたのが早かったおかげで、出血はひどくないが……
痛みと痙攣で、左腕が動かない。
「なんだ…… うわさとは違うな」
赤いスーツの男は、伸ばした両手を振り上げ降ろしてくる。
再び十の虫が高速で飛んでくる。肩では到底払えない……
「えっ?」
突然、目の前が真っ暗になった。
布がかかったのだ。その代わり、体の痛みは増えていない。
顔に掛かった布をのけてみると、それはトレンチコートだった……
「通報とは様子が違うんだケド」
胸元の開いた服を着て、橋口さんが駐車場に現れた。
パチン、と這うように鞭が走り、赤いスーツの男が飛び退く。
橋口さんが言う。
「もしかして…… トウデクア?」
「……」
赤いスーツの男が、その言葉に反応したようの思えた。
橋口さんが腕を振り上げると、ヒュンと音がして、鞭が高く舞い上がる。




