(73)
「何? しかし、もう遅い。こっちは狙いを修正して……」
蘆屋さんが撃った霊弾は、チュンッ、とまた水に着水した。
「どういうこと? 左に撃っても、右に撃っても同じところに行ってしまう……」
また外してくれた…… こっちだって、狙いを修正して、当ててやる。
「?」
川で何かが動いた。
ものすごいしぶきが上がる。
「蘆屋さん、危ない!」
俺の声より早く、蘆屋さんもその異変に気付いていた。
川から出てきたものは、体長三十メートルほどの、金魚だった。
出てきたというより、アッという間に巨大化したのだ。
金魚は、むなびれで両側の地面を押さえて体が倒れないように支えて立っていた。
「きゃぁあああーーーー」
蘆屋さんは土手方向へ走り出した。
金魚は大きな口を開けて、逃げる蘆屋さんを飲み込もうと飛び上がった。
「蘆屋さーーーんっ!」
俺は思わず右手の指を巨大金魚に向け、霊弾を放った。
今まで撃ったことのある霊弾とは明らかに違っていた。弾のように途切れず、指さきから弾の先端までがつながっていた。先端が金魚に着弾すると、俺は反動を受けた。
押し込まれるような力に対抗して、足を踏ん張る。
すると、こんどは金魚が向こう側へと倒れていった。
霊弾の後端が、俺の指を離れ、金魚へと吸い込まれていくように消えていく。
すると、横倒しになった金魚の姿がブロックノイズのように弾け、分解してしまった。
蘆屋さんは、仰向けに腰をついて、倒れていた。
俺は駆け寄って、手を差し伸べる。
「大丈夫?」
驚いた表情が次第に冷静になり、そして怒りに変わった。
俺の手を叩くと、自分で立ち上がり、怒りの表情から、泣き顔になった。
「なっ……」
蘆屋さんはそのまま背中を向けて走っていってしまった。
俺はそれを追いかけた所を、冴島さんに呼び止められた。
「たぶん、わかったと思うよ」
冴島さんは蘆屋さんが去っていった方を見ながらそう言った。
「?」
「鈍いなぁ…… そんなんだと女の子に嫌われるよ」
「あ、あれ、なんだったんですか? 冴島さんが仕込んだんですか?」
俺がそう言うと、冴島さんは巨大金魚が倒れた方を振り向く。
「あの金魚ね。どうやら川にいたみたいね。降霊していて、人の霊を食らっていたみたい」
「……気づいていたみたいに聞こえますけど」
俺は冴島さんの顔を見つめる。
「気づいてたわ。私の霊弾を食っていたもの。あなたの撃った霊弾が飛ばなかったのはあの金魚のせいよ」
「蘆屋さんの霊弾が当たらなかったのも?」
「……それは自分で考えてみなさい。宿題ね。今日の勉強はこれでおしまい。このままバイト行く? それとも一度家に帰る?」
「一度帰ります。ちょっとシャワーを浴びたいんで」
「そ。松岡、車を回してもらえる?」
「はい、お嬢様」
松岡さんの運転する車に乗り込み、冴島さんの家に向かった。
俺に向かって撃った霊弾が水辺に落ちる。何かの力が働いて、最初の狙いからおかしくさせていたとか、周りの空間が歪んでいて、真っ直ぐ飛ぶはずのものが曲がってしまったとかだろうか。だとして、その力が誰が働かせていたのか。俺がやっているわけはない。空間が曲がっていたのなら、俺が撃った時も曲がってしまうはずだ。
そもそもそんな強い力がどこにある…… あるのか? 俺はふと、自分の中に複数入り込んでいる霊のことを考えた。もし霊自身が消失したくなければ、俺を守るだろうかと考えた。
「俺……」
「どうしたの」
「俺は守られているんですね。きっと。だから蘆屋さんの霊弾が俺にあたらない」
「……そんなこと」
ルームミラーを覗くが冴島さんは外を見ているようだった。
「守られているのか、守らせているのかそんなことはどうでもいいんじゃない?」
「どういうことですか」
「結果的にあなたが勝った」
俺は振り返った。
やっぱり冴島さんは外を見ていた。
「蘆屋さんも認めたから、帰っていったのよ。それでいいじゃない」
あいつが負けを認めた? 巨大金魚にひっくり返ったのを笑われると思ったからじゃないのか。
「まあ、今度戦ったらどうなるか分からないから、ちゃんと勉強しておくのよ。陣や式神で戦う、ってなったら確実に負けてたんだから」
「はい」
「返事はいいわね。あなたの場合は実践より座学が少なすぎるわ。大学の図書館でも十分だから、まずは勉強ね」
「はい……」
冴島さんの口元が笑った。
「返事からして嫌そう」
「すみません」
薄暗い部屋で、男は座っていた。
真っ赤なスーツに黒いシャツ。そこに真っ赤なネクタイをしていた。部屋が暗いにもかかわらず、サングラスをしている。男は、懐からチタンのスキットルを取り出し、ウイスキーを流し込んだ。
「例の計画ですが、本日、仕上げとなります」
その声を聞いて男はスキットルを上着の内ポケットに戻した。
「頼むぞ。教祖さまの計画には霊の数が足らない」
「はい。根こそぎ刈り取ってまいります」
と言った。その部屋にいるもう一人の声の主は、ほっそりとした顔の女性だった。
「この前の奇妙な『式神』は大丈夫なのか」
何も答えない女に、イラッとしたように男は立ち上がった。
「大丈夫なのか、と聞いている」
女は視線を床に向け、じっと固まっている。
「あんなに大きな式神をつくるんだぞ。手加減を知らないというだけじゃない。霊力が有り余っているからに違いない。だから何度も聞いている。大丈夫なのか?」
女を下から見上げるように男が動いた。
「……」
耐えられなくなったように、女は視線をそらした。
男はサングラスを下にずらし、さらに女の様子を確かめた。そしてまたサングラスを戻すと言った。
「こっちの件が終わり次第、視察に行く」
「……はい」
女は会釈をして部屋を出ていった。
夜になると俺はバイト先のコンビニに向かった。スマフォで陣の張り方と、陣の崩し方を端から見ていた。ただ、それらすべては砂や土の上に描いた陣の話で、アスファルトにある陣の話ではなかった。
「……あれって、やっぱりアスファルトの下、に陣があるんだよな?」
それともアスファルトの上に何か載せてあるのだろうか。見えないぐらい小さい塵で描かれているとか。いや、塵でえがかれているのだとしたら、風が吹いたり、俺が箒をかければ陣として成り立たなくなるだろう。
「……」
俺は他の陣の例を探す。光や影を映して描くもの。そもそも地形が陣の形をなすもの。いくら考えても、駐車場の陣とは違う。人を集め、他人を惑わすものであるのは確かだが、それがどこに掛かれているか、いや、どこに描かれているのかはわかるのだ。この前掃いたゴミが渦を巻いた。そこにあるのは町がない。見えない陣。いったいそれをどうやって消せというのか。
コンビニのあたりまでくると、学ランの前を開けて、不良のようなにポケットに手を突っ込んだ若者がいた。どうやら俺と同じコンビへと向かうようだった。
追い越すか、後ろをつけるか悩んでいると、若者は振り向いた。
「なんじゃお前は、どこ高じゃ?」
「いや、何も文句ないよ。ここらの高校じゃないし」
「いいからどこ高か言え」
立ち位置が中途半端だったことを後悔した。もっと後ろにいくか、抜かしてしまえばよかったのだ。
「神高だよ」
「えっ……」
予想とは違う反応に、俺が戸惑った。体をのけぞらし、恐れるような仕草。まるで俺の行っていた高校が番長がいる高校のような反応じゃないか。




