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「おい、聞こえてるか?」
「だって、お顔は初めて見るんだもの」
「そんなのファンとは言わん!」
俺の言葉に、冴島さんが反応した。
「まあ、無理もないわ。私、名前をつけて写真を公開したことはないから」
「ビルの完成祝いがあった時、しっかりテレビに映ってたじゃないですか!」
「私の名前は出てないはずだけど」
「見る人が見ればわかりますよ。あの映像は『ツベ』とかに転がってますからそれは間違いないです。だって、俺も何度も見ましたもん」
「えっ、何それ見たい!」
その娘が食いついてきた。
冴島さんは冷静に言った。
「どうせ香山ユキのところだけ編集してんでしょ」
「その通りです」
「あーもう、これだから香山ユキのファンは嫌ねぇ〜」
冴島さんはその娘同意を求めるように言う。
「そんなことより、結局、君、誰なんですか?」
俺はその娘を指さして言う。
その娘は冴島さんから体を離し、頭を下げた。
「あ、申し遅れました。私、蘆屋初音ともうします」
言い終わると、また冴島さんに体を擦り寄せた。
「蘆屋って、もしかして……」
冴島さんが何か思い出したように言うと、蘆屋さんが言葉を足した。
「お察しの通り、私陰陽師の家系です」
「おんみょうじ!」
俺はなぞるように言い返していた。
陰陽師なんて漫画や小説でしかお目にかかったことがないキーワードだった。
「本当に陰陽師っているんですね」
冴島さんに抱きついたまま、蘆屋さんが言う。
「あんた陰陽師馬鹿にしてんの? 冴島様。こいつの代わりに私を弟子にしてください。こいつよりは優秀です」
「……」
「さすがに二人はおしえられないわ」
そう言いながら冴島さんが蘆屋さんの体を押し返す。
「そういうこと」
勝った。俺にモテ期は来ていないが、この女陰陽師には勝った。
「ひどい! こんな男がいいんですか。じゃあ、どっちが優秀か、勝負させてください」
「こんな男って…… 俺、影山ってちゃんと名前あるんだけど」
「……影山? なんか聞き覚えがあるような…… いいわ。やりましょうよ」
「やってみる?」
俺の方を向いて、冴島さんが笑う。
さっきの状況からして、こっちはすぐそこにポチャン、で相手はライフル銃のように遠くを撃てる。別のことで戦うにしろ、俺が優れているところなどありそうもない。
顔の前で手を振りながら言った。
「無理無理、無理でしょう。戦えませんよ」
「ほら、やる前から負けを認めてます。今すぐ、こいつの代わりに私を除霊士候補にてしてください」
「戦ってみたら?」
「だって、さっきの見たでしょう?」
「ええ。見たわよ。見たうえで言っているの」
冴島さんには何か考えがあるに違いない。今すぐにやったら勝てるわけがないのだから、勝負は一週間後、とか言って、その間にあるジャンルの特訓をする。漫画やアニメでよくある展開だ。
「やるの? やらないの?」
「さ、冴島さんが言うなら」
「じゃ、決まりね」
冴島さんが言うと、蘆屋さんがうれしそうに飛び上がった。
「冴島様。私を弟子にしてくださるんですね?」
「何を聞いてたんだ、俺と一週間後、ここで勝負して勝ったらだ」
「?」
冴島さんは首をかしげる。
「そうですよね? 俺と冴島さんで一週間特訓して、ここで蘆屋と再戦して、俺が勝つ、ってやつですよね?」
「めんどくさいから、今戦ってよ」
「えっ?」
「そんなことひとっことも言ってなかったでしょ?」
「だって、今戦ったら勝てない……」
冴島さんは、川の土手の方へ歩いていく。
「他の人の迷惑にならないように、川の中心の方で戦ってね。松岡、霊圧発生装置を引き上げて。壊されたら大変」
「えっ、冴島様、戦いの様子を見ていただけないのですか?」
「見るわよ。だた、ちょっと離れてみるだけ」
言いながら、どんどん土手の方へ去っていく。
「松岡がこっちにきたら、始めていいわよ」
蘆屋さんが川の方を指さす。
「そっち行きなさいよ」
「……」
俺は足場が悪くならないように場所を選びながら、ゆっくり進んだ。
「私は式神でも陣でも術でもなんでもいいけど、あんたが学んだのはさっきの霊弾だけなの?」
蘆屋さんは下を向いたままそう言った。
「式神は使うなと言われてるし、陣とか術とかは習ってないから、霊弾だけってことになる」
「なんだかメンドクサイ言い方。いいわ。私も合わせてあげるから」
「もう少し離れた方がいいよね」
蘆屋さんは笑った。
「さっきの様子から考えて、近くにいたほうが有利だとかは考えないのね」
「えっ?」
そういう事なのか? 俺の霊弾は飛距離は短いが、当たればすごい、とかそういうものだったのかもしれない。しかし時はすでに遅く、さっき飛ばした霊弾の三倍も四倍もの距離に離れてしまっていた。
蘆屋さんは松岡さんと冴島さんの方を向いて、手を振る。
「はじめていいわよ~~」
冴島さんの声が聞こえてきた。
「ってことで。これで私の勝ちね」
蘆屋さんが、まっすぐ指をさして、霊弾を撃ってきた。
避けるとか、逃げるとか、受けるとか、対応の時間は何もなかった。
チュンッ、と俺の横に何かが着水した。
見えないほど高速なのか…… 俺は恐ろしくなった。しかし、外れたのだ、こっちが当てればチャンスはある。右手の指で銃の形を作って、左手は右の手首を支えた。
よおく狙って……
チャンッ、とまた水が跳ねた。
今度は霊弾の射出から飛んでくる様子が全部見えた。
よし、俺も撃てる。
チャプッ、と遠くで音がした。
「結構飛んだ」




