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「だ、か、らぁ〜 そういうのが、セクハラだって言ってんだろ!」
「……」
冴島さんが俺の背後に回った。
俺の肩、腕を触って上下させる。
「ピンポイントに集中させたければ、指を伸ばしてその先端から。広範囲に広げたければ拳全体から。そういう使い分けも出来るように」
「……この前やってみたようにしていいですか?」
「やってみて」
冴島さんがうなずくと、俺は川下を見て指で銃の格好をつくる。
集中して、霊を、霊圧を感じながら……
「ポチャッ」
真下、というほどすぐそこではないが、霊弾として機能しないぐらいすぐ近くに落下した。
「……」
冴島さんは正直な評価を言っていいか悩んでいるようだった。気を使っているということだ。
「いや、あの、こんなはずじゃ……」
あの時、コンビニの駐車場から式神を狙ったときは、撃てた。もっと直線的に飛んで、式神を貫いた。ただ、式神にダメージはなかったが。
「もう一度」
「うん」
少し遠くに飛ぶように。少し上目に狙いをつけて……
ポチャッ、とすぐ近くの水面に霊弾が落ちた。
「大丈夫。初めてはこんなもんよ」
「なんかその慰めかたはやめてください」
その時、俺の横の水面に何か着水した。
「!」
続けて、もう少し近くに、チャプン。
「霊弾……」
まるで本物の弾丸が撃ち込まれているような音がする。
振り返ると、草むらに人影が見える。
「女?」
冴島さんは姿勢を低くして、紙を取り出して、陣を書き込み、水平に紙を放る。
紙はそのまま舞い上がったかと思うと、頭、羽根、尾のように十字の形をつくると、草むらの人影の方に飛んでいく。
「これが式神ですか」
冴島さんが手にもつ、もう一枚の紙には墨絵が描かれている。その絵は、式神の動きに合わせて絵柄が変わる。初めは何のことか分からなかったが、書き換えスピードが遅い白黒動画だ。
冴島さんが、スッと手を下げると、式神が急降下した。
式神は霊弾を打ってきた人物の姿を映し出す。
「あれ?」
「もしかして知り合い?」
冴島さんは人差し指と中指を伸ばし、くるっと手を回した。
式神がまた急上昇してこっちに戻ってくる。
冴島さんの手の平に止まると、十字の形が元の四角の紙の形に戻る。
それをポケットに入れると、冴島さんが言った。
「松岡、連れてきて」
「はっ」
松岡さんが会釈すると、すばやく藪の中を走っていった。
以前、松岡さんは『忠犬』なのだ、と聞いたことがある。まさにそんな様子だった。
「あの、知り合いっていうわけじゃないんです。さっき大学の教室で顔をみただけで」
「顔を見たことがあるなら、十分よ」
しばらくすると、声が聞こえてきた。
「放せよ、引っ張るなよ」
松岡さんが手首をつかんで歩くのを、抵抗するように突っかかりながら歩いてくる。
ショートボブに、ビビッドな口紅。白黒画像ではっきりとは分からなかったが、間違いない。さっき教室であった娘だ。
冴島さんは、霊圧を発生する機械のスイッチを切って、松岡さんの方へ進む。そして俺を手招きする。
ショートボブの女は、冴島さんを警戒して睨みつけた。
「あなたがさっきの霊弾を?」
「……」
言葉では答えず、首を縦に振る。
「危ない、ってことは分かっててやったわね」
「……」
「影山くんとはどういう関係?」
冴島さんの問い詰め方が変な感じがして、俺は慌てる。
「どういう関係もさっき初めて話したぐらいですよ」
俺がバタバタしていると見ると、冴島さんは手の平をこっちに向ける。
「黙って」
完全に命令が入ってしまい、俺は口が開かなくなった。
「どういう関係?」
「別に……」
「……影山くん。この前の家族の写真を見せて」
スマフォに入れている写真を表示させて、見せる。
「違った」
当たり前だ、と言いたいが、命令が入っていて話すことが出来ない。
「あなた、お名前は」
「……」
「ごめんさいね。私は冴島麗子。除霊士よ」
「!」
その娘は急に体が震え始めた。
やばい、何かしでかす気だ。
けれど喋れない。
俺はもう一度意識を集中する。
「冴島さん、危ない!」
「えっ?」
俺の声に、冴島さんは振り返ってしまった。
松岡さんが押さえていた腕を振り切って、その娘が冴島さんに突っ込んでくる。
「冴島さん、後ろ!」
冴島さんはその娘の方を振り向くが、もう遅かった。
バチッと二人の体が重なり合ってしまった。
「大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄る。まさか、ナイフか何かを……
「麗子おね~さまぁ…… まさかお会いできるなんて……」
「?」
「ど、どういうことですか?」
その娘は顔を冴島さんの肩や胸にこすりつけるようにしている。
「さあ、私にも分からないけど」
「私、冴島さんのファンなんです」
その言葉に、香山ユキファンである俺の魂が叫ばずにいられなかった。
「お前、冴島麗子ファンと言うのなら、もっと早く気づいてるだろうが!」
全く意に介さず、という表情だ。




