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俺と除霊とブラックバイト  作者: ゆずさくら
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(7)

「良くかわしたな……」

 いや、だからかわせるわけがない。たまたま、動けなかっただけだ。俺は恐る恐る両手を上げ、それぞれ左右に振った。

「いえ、避けたんじゃなくて、動けなかったんです……」

「とにかく、説教中だ。警備巡回は後にしろ」

 平田さんが俺の後ろ襟をつかんで、引き上げるかのように引っ張った。

「監督さんすみません!」

 体の大きい平田さんが小さく折りたたまれたように深々と(こうべ)()れた。

 平田さんに背中を押され、俺も頭を下げた。

「すみません」

「……」

 監督はこちらをじっとみているだけだった。

 木刀をいきなり振り下ろしてきて、『良くかわしたな』とか言ったなこの人。……ちょっと待て。かわさなかったら大怪我だ。大怪我になってたらどうするつもりなんだ? まずい、この人、狂ってるんじゃないか。頭を下げながらも、怒りがこみ上げてきた。

 監督が奥へ戻ったのを気配で察すると、平田さんに引っ張られながらエレベータフロアに戻る。

「?」

 俺はそこで、閉まりかけのエレベータに黒縁のメガネを見つけた。

「醍醐さん、危ないよ」

「……」

 危ない、と今言われても。俺はもっと早く止めてくれ、と思って平田さんの顔を見上げた。

「監督は夜になると気が立ってくるんだよ。昼間はもっていない木刀を持って歩くようになるんだ」

 だから、本当に、そういうことは先に行ってくれ、と俺は思った。

「剣道の有段者らしいよ。ほんとうに怪我しなくてよかった」

 そう言う余計な情報は……

 俺は今更ながら恐怖で鳥肌が立ってきた。

「とにかく気をつけよう。朝とかなら大丈夫だから」

 俺は少し考えてから質問した。

「朝ってのは…… 何時ぐらいからのことを言ってます?」

「監督が徹夜した場合のことを心配してるの?」

「まあ、そう言うことです」

「知らないよ。寝て起きた後はだいたい機嫌いいから。監督の空気を読めとしか」

 平田さんは大きい体の肩をすぼめながらそう言った。

 俺たちは監督がいたフロアの上から警備巡回を再開した。工事の進行具合とか、注意事項をあれこれ聞きながら歩くので、意外と時間が掛かった。

「そう言えば、さっきエレベータに斉藤さんいましたね。遅くまでいるんですね」

「?」

 平田さんの反応が薄い気がした。

「斉藤さん。黒いメガネの」

 目の周りに指で輪を作って見せた。

 やっぱりなんの反応もない。

「プレハブの事務所で、事務してる斉藤さん、ですよ」

「ああ……」

 やっとわかってもらえたようだった。しかし、俺が期待した反応とは程遠かった。

「かわいいですよね?」

「あの人、事務ってわけでもないみたいよ。だってしょっちゅうビル内に入ってきてるもん」

「えっ? それってまずくないんですか?」

 平田さんは首をかしげる。

「まあ、いいんじゃないの? 関係者だし」

 さっき警備室では、入館者には腕章を渡す、と言っていた。斎藤さんが入りたいとやって来たら、やっぱり渡しているのだろうか。

 俺はそのことを聞こうとした時、平田さんが言った。

「この上にさ、飲み物の自動販売機と休憩スペースがるんだよ。そのフロアはちゃんと出来てるんだよね。あんまり先に完成しすぎたから、作り直しになるかもしれないけど」

「えっ、いくらなんでも出来たところを作り直しなんて」

「監督のことだからな〜 何かまたいちゃもん付けられるに決まってる。さあ、いこう、結構変わった飲み物も置いてあるんだよ。俺のお気に入りのカフェイン入りドリンクもあるからさ」

 平田さんは何か乗り気で、エレベータを待たずに階段で上がる選択をした。

 俺もエレベータを待たずに、平田さんの後をついていった。

 上がってみると、確かにフロアは完成していた。広い休憩スペースに、飲み物の自動販売機が並んでいた。

 最新型のディスプレイにタッチするタイプだった。

 平田さんが正面に立つと、好みの飲み物が少し目立つように光って表示される。

「これこれ。コンビニとかでも置いてある所少ないんだよね」

 そのドリンクを象徴するカラーのピンクとグリーンがビビッド過ぎて、飲んだことのない人間からすると毒々しく見える。

 平田さんが、カードをかざすと、ガツン、と音がして飲み物が出てくる。

 平田さんがそれを取って、休憩スペースのスツールに腰掛けた。

 俺が代わりに自動販売機の前に立つと、天然果汁系のものが光っていた。

「なんだそのチョイス……」

「いや、今日はココアにしますよ」

 と言って交通系ICカードをかざすと、同じようにガツン、と音がして飲み物が出てきた。

「ここすわっちゃっていいんですか」

「養生用のビニールがついてるからいいんだよ」

「そうですか」

 俺も座って、平田さんと同じように外の景色を眺めた。

 繁華街側に窓がついているせいか、下から様々な色の光が見えて、夜景として綺麗だった。

 俺は、少しこのビルの事を考えた。

 何ヶ月も完成がずれると、入居予定だった企業へ違約金とかを支払わなければならないんじゃないか、ということだった。それになかなか入れる時期が分からなければ、空いているフロアにテナントがつかないだろう。完成を先延ばしして、得をする人は誰もいない。監督が難癖をつけて完成を引き伸ばしているとしても、違約金のことを考えれば、会社側から無能として監督を入れ替えてしまうだろう。

 では何故、会社は監督を変えず、ビルも完成しないのだろう。確かに、例としてだが、床やら壁やらがキッチリ出来なければ、つまり最初の構想通りに出来ないとしたら、そのまま引き渡すことは出来まい。最初の計画通りに仕上がるまで作り直しになる。しかし……

「さあ、休憩終わり。下に行ったら警備巡回の結果報告について説明するから」

「はい」

 俺は少し残していたココアを傾けて飲みきり、ゴミ箱にいれた。

「ん? 監督のいたフロアはまだ巡回していないんじゃ?」

「警備巡回は基本無人のフロアだから、あそこは誰もなくなってからやるんだよ」

「なるほど……」

 俺たちは階段を使わず、一気にエレベータで警備室のフロアまで下りた。

 エレベータを下りて、警備室へ向かう途中、黒い髪の女性の姿を見かけた。廊下の角を曲がる時、一瞬横顔が見えた。黒いメガネの女性…… 斎藤さんだった。

 今、やっと下りてきたのだとしたら、最初にエレベータで見かけたときからは随分時間が経っている。

 斎藤さんは一体どこにいたのだろう。そして何をしていた?

「醍醐さん、やり方教えるからこっち」

 平田さんに呼ばれ、警備室へ戻った。

 警備巡回の結果報告書の書き方を教わった。

「今度は…… そうだな、二時間後にやるから、醍醐さん一人で回ってみる? 図面見ながら一人で回るとすぐおぼえるよ」

「ちょっと不安ですが、やってみます」

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