(64)
「橋口さん、この結界、どうすればいいですか? 『助逃壁』は効きますか? 『鉄龍』はどうですか?」
橋口さんは、俺の言葉など聞こえていないようだった。
軍服をきた長身痩躯の男が迫ってきているのだ。
「こんなに単純な結界に嵌るとはな…… ククッ」
俺には男の目が光ったように思えた。
「とにかく『助逃壁』行け!」
俺は竜頭を押し込んだ。
放たれた光の壁は、橋口さんを押さえつけている結界をスルーして、軍服の男へと飛んでいく。
男は、ひょい、と石垣に飛び上がると、さらに跳躍して俺の背後に降り立った。
「何度もそんなものを食らうか」
一瞬で間を詰められ、正面へ突き出した右足が俺に飛んでくる。
かわせ…… 心の中ではそう叫ぶが、間に合わない。
「うぉっ」
体重差だろうか、筋力の違いだろうか、俺はカンタンに蹴り飛ばされた。橋口さんのいる結界にぶつかって、今度は地面に叩きつけられる。
「ぐっ……」
自分の腕が胸と地面の間に挟まって、胸の一点を強打した。
息が……
うつ伏せから体をひねって空を見上げると、軍の帽子にこけた頬、軍服の男が視界入った。
「死ね虫けら」
ブーツが顔に落とされる。
瞬間に体をひねってかわす。
「避けるか、それなら」
左足をひねるがわに突き立て、右足でボールをけるように振り込んでくる。
「あっ」
激痛が顔面に広がる。ほとんどしびれているものの、口へ流れてくるものが感じられる。
「ほら、逃げてみろよ」
ガツン、と骨がぶつかる音がする。
まずい、これをかわさないと、死ぬ……
「もういっちょ」
大きく振り上げた時、一瞬体を九の字に曲げて、左足の抑えをかわす。
俺は体をねじり、転がる。距離ができるまで、何回も転がった。
そこで身体を起こすと、声が聞こえた。
「かげやま…… くん」
橋口さんが四つん這いになって、俺を呼んでいる。
涙をぬぐって、しっかりと目を開く。
橋口さんの紫色のセーターの胸元から、大きな胸が…… 谷間というか、房の揺れが…… 魅力的な光景に、俺は頭がクラッとなった。
「あんッ!」
橋口さんが、反射的にそう言う。
俺はいつの間にか、橋口さんの背中に回っていた。
そして俺の手は、橋口さんの胸の前に当たっていて、地面と胸に挟まれていた。
「ご、ごめんなさい。おれ、触るつもりじゃ……」
「ちょ、頂戴」
俺の腰も橋口さんの柔らかいお尻のあたりにあたって、気持ち良くなっていた。
「ちょ、ちょうだいって?」
「結界を破る力!」
と、突然、ぱあっ、と橋口さんの胸のあたりが光った。
俺はまぶしさに目を閉じた。
「なんですか、この光?」
急に暗くなった、と思って目を開けた。
目が慣れてくると、状況が分かった。
俺と橋口さんは結界の外出ていた。
軍服の男は、顔を覆っていた腕を開いてこっちを見る。
「結界を壊したというのか」
「このこのエロパワーをなめないことね」
「えっ? エロパワー? なんかもっとカッコいい名前着けてくださいよ」
「じゃあ、スケベパワー」
俺は項垂れた。
「ならば俺の霊弾を食らえ」
軍服の男は、手袋をした手の人差し指を伸ばし、親指を立てて、銃のような形をつくる。
そして、狙いをつけると、そこから光る霊弾が発射された。
「かげやまくん、トレンチコート!」
俺は地面に落としていたトレンチコートに飛びつき、橋口さんに投げた。
自然と広がったトレンチコートが男の放った霊弾を捉える。
橋口さんが、トレンチコートのうしろから鉄拳を霊弾に向けて打ち込む。
すると、霊弾は倍のスピードで男に返っていく。
「ぐはっ……」
「橋口さん、効いてますよ! もう一発」
「屋敷の時のようにここは霊圧高くないんだケド」
霊を弾丸として打ち出す技だ。周りから取り込む霊力がないと、自分で振り絞るしかない。霊圧が高ければやりやすいということなのだろう。そして、ここは街中、霊圧は高くない。
橋口さんは俺を手招きする。
「?」
そして胸を手で持ち上げてみせる。
「ここに手を当てて」
「えっ!」
俺は引いてしまった。しかし、橋口さんは俺の手を引いて胸に押し当てる。
「ほら、さっきみたいに後ろに回って」
「……」
「早く!」
「はい」
俺はもうやけになって橋口さんの胸を触った。
柔らかいし、後ろに回ると橋口さんの髪からほんのりいいにおいがする。
自然と背中に体を押し付けてしまう。
橋口さんもさっきの軍服男のように人差し指を伸ばし、親指を照準よろしく立て、狙いをつけた。
「霊力頂戴!」
「はいっ!」
霊力なのか、精力なのか、頭のなかがぐっちゃぐちゃになってわからなかった。
けれど橋口さんの大きな胸が光って、俺は目をつぶった。
ドンっ、と大きな音がして、目を開くと、軍服の男は胸を抑えていた。
苦しそうに、膝をつく。
「ぐぁ……」
スッと、男の周囲の空気が歪む。
何か、帽子、外套、軍服を着た男が抜けていくように思えた。
男はみるみるうちにおっさんに金を渡す前の体格に戻っていく。
「霊が抜けた?」
「そ。成仏したってこと」
男は、うつ伏せに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫?」




