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俺は、駅のホーム、電車の中での彼女の笑顔を思い出していた。そして、冴島さんの言葉で俺たち二人の時間のすべて否定されたような気がした。
……違う、俺はダメなヤツかもしれないけど、俺が彼女を否定したらダメだ。
「いい子ですよ。俺の情報ってなんですか? 俺がなんだっていうんですか? それなら俺が欲しいのと違わないんじゃないですか? 会ったこともないのに、あの子のことを疑うのはやめてください」
「ごめん。豆挽いてる音で聞こえなかった。もう一度言って」
俺がボソッと小さい声で言ったせいだ。
「……もういい」
俺は階段を登って中二階の納戸、俺の部屋に使わせてもらっているところ、に入って、敷きっぱなしの布団にくるまって、寝た。
大学の授業が終わると、バイト先に向かいながら考えた。
冴島さんが言いたかったことは、井村さんが美紅さんと同じように俺に憑いている霊や、あの屋敷に近づくための情報を集める為に近づいて行きた人物だ、という意味だろう。だが、美紅さんがそうだったように、俺には井村さんにも悪意があるように思えない。俺についている霊が落ちたり消えたりしても、記憶が戻るどころか、失われてしまうかもしれないと言っていたが、井村さんが欲しいといっても霊をあげることは出来ない。けれど俺に近づいてきて、害を与えるわけでもなくそこにいる人を、拒否したり排除することもなにか違う。
バイト先の駅で降りると、反対側の通路から下りてくる一人に気づいた。
髪の毛はなく、眼光するどいおじさんだった。
他にも通路を下りてくる人はいて、なぜ俺はその人が凝視したのかを考えた。どこかで見たことがあるからだ…… そうだ。店の防犯カメラの映像だ。店の常連のハゲのおっさん。
俺は時間を見てまだ店のシフトまで間があることを確認し、そのおっさんをつけてみることにした。
おっさんは駅から出ると、俺のバイト先の店の前で立ち止まった。
俺はコンビニに入るフリをして角を曲がってそこからおっさんを見ている。
おっさんは上体を右に左に動かしながら、店内の様子を確認している。俺は店の配置を頭に浮かべた。あの位置からなら、待機している娘を確かめることが出来る。
しばらくそうやって体を振りながらそこにいると、満足したのかお目当ての娘がいなかったのか、通りを歩き始めた。俺もまた後をつけはじめた。
おっさんは次にクレープの店に立ち止まると、若い女性観光客の後ろに並んだ。
俺はそれを横目で見ながら通りすぎ、反対側の角に曲がったふりをして監視した。前にいる女性観光客はよその国からきたようで、よくわからない言語を話していた。
おっさんはその観光客を後ろからジロジロみたり、クレープ屋の店員が顔をだすたびにチェックをしている様子だった。
「どんだけ若い女の子好きなんだ……」
順番が来るとそのままクレープを注文して、店の女の子に話しかけたりしながら、出来上がるのを待っている。
女の子見ていると、笑顔、笑顔、苦笑、笑顔、と、時折嫌ですよ、というアピールを入れている。
気づかれないように、おっさんの視線が一瞬ずれた時を見計らっている。
おっさんは出来上がったクレープと自分の顔を入れて自撮りして、周囲で食べている客に混じってウロウロしながらクレープを食べる。
こんな人物が本当に『ヤミ降霊師』なのだろうか。
冴島さんから聞いたヤミ降霊師、違法降霊師の話はこうだ。強くなりたい、金儲けしたい、気持ちよくなりたい…… そんな欲望だけが強くて満たされない人間を巧みに誘い込み、強くしてやる、金儲けが出来るようにしてやる…… などと持ち掛けて降霊する。降霊した霊もやがて昇天するし、取り憑く先、つまり取り付いた人間に興味を失えば消えていく。しかし、霊が憑りついて自我に働きかけてしまう為、実際に効果があってもなくても、上手くいったような『錯覚』だけがのこり、しばらくするとまたその『錯覚』が欲しくなり、降霊師に頼みに来る、ということだ。
だから、もっとヤバい連中に囲まれ守られ、顔を隠して歩いているのだと思っていた。こんなに堂々と、日中の大通りを、たった一人で歩いている人間とは思っていなかったのだ。
その時、おっさんは突然スマフォを取り出して話し始めた。
顔つきもガラッと変わって、厳しい表情になった。その顔は『ヤミ』とか『違法』がつくような感じの人間に見える。俺は自分のスマフォをみて時間を確認した。やばい。そろそろシフトの時間だ。おっさんが早くことを起こしてくれることを祈ってチーフに連絡を入れる。
「ごめんなさい。三十分遅れます」
俺はチーフにあれこれ言う隙を与えずに、言って即、通話を切った。
俺はおっさんの動きを追った。
小道に入ると、急に木々が生い茂る場所に出た。鳥居が見えるから、神社なんだろう。
スマフォを取り出して写真を撮っている観光客のふりをしながら、おっさんの視線の先をチラッと見ると、そこには前髪を降ろしてメガネをかけた男が立っていた。
見ていると、急にメガネの男が膝をつき、手を合わせておっさんに祈るような恰好をする。俺はスマフォで動画をとって、場所を変えながら、おっさんとメガネ男の様子を映した。
おっさんが手を出すと、男がバックから封筒を渡す。おっさんは封筒の中身を確認したようだ。
おそらく金を渡したのだろう。
急にメガネ男の額に手を当てて、目をつぶらせると、おっさんは両手を広げて何か話し始めた。
観光客は、何か神事かと思っておっさんのことを映したりしている。ハゲていても、おっさんは神主ではないしこれは神事ではない。違法の降霊にちがいない。おっさんは観光客の目も気にせず、どうどうと呪文のように言葉を読み上げ、ポケットから出した白い紙を広げ、メガネ男の頭にのせた。
気合の入った声が響くと、メガネ男は、背中に何か冷たいものでも入れられたかのようにブルブルと震えた。そして、立ち上がった。
「えっ?」
なぜか、さっきまでいたはずの観光客らがいなくなっている。俺は慌てて、木の幹に隠れた。
木の幹から、そっと顔を出してみると、メガネ男はおっさんよりはるかに背が高くなっている。メガネを外して、バックに無造作にしまう。おっさんと強く握手を交わして、立ち去っていく。おっさんはニヤリと笑いながら封筒を自分の懐にしまう。と、急におっさんが俺の方に走ってくる。
まずい…… バレた。
幹に隠れて、右に逃げるか、左の低木に隠れてしまうか考えた。
物凄いスピードで足音がしてきて、低木に隠れる時間はないと判断した。GLPの竜頭を回して『黒王号』にセットする。これで逃げれば時間は稼げるはずだ。
「……」
俺のに向かってきた、と思っていたのに、いつのまにか通りすぎて、おっさんは鳥居の方まで進んでいた。
「えっ?」
俺は『黒王号』を呼ぶのをやめ、慌てておっさんの後を追った。
おっさんは鳥居を出たあたりで肩で息をしながら歩いていて、俺は容易に追いつくことができた。
どこにいくのか追跡をつづけると、結局『ミラーズ』へ戻ってきた。
するとおっさんは躊躇せずに店に入った。
俺はGLPで時間を確認すると、このまま外で待ち続けるわけにも行かない。追跡を一旦ここで終了することにした。
店の横のビルの入り口から入って、裏口の暗証番号で入る。
「こら、カゲ。なんですぐ切るんだよ」
さっきの連絡のことだ。
「す、すみません」
俺は頭を下げた。そしてすぐに前掛けを着けて準備をつづけた。
「すみませんじゃねぇんだよ。すぐに切らなきゃ、説明しといたんだが、説明聞かずに切ったからな。今言うぞ。遅れた分は、罰金を給与から抜いとくからな」
「えっ、働いた時間が少なくなる分が減るだけじゃないってことですか? 時給分と罰金?」
チーフは机をたたく寸前だった。
そして、叩いた。
「たりめーだろうが」
チーフと俺と調理師の人しかいなかったが、場が凍りついように思えた。
「申し訳ありません」
俺は何度も頭を下げた。
突然店側からガタガタを物音が聞こえて、
「キャー」
と声がした。調理師の人がホールの様子を見る。
「チーフ、ハゲの変な客が」
俺はその言葉でさっきのおっさんを思い出した。俺が入る前にここに入っていたはずだ。店では常連のハゲのおっさん。実は闇降霊師のおっさんだ。




