(59)
「……じゃないですよね」
「私は影山さんを待っていたんです。一緒に帰りましょう?」
「えっ……」
自分の顔がニヤけていることがはっきりと分かった。わかっていたが、その顔を普通に戻すことが出来なかった。
井村さんが微笑む。
「どうしたんですか? 私の顔に何かついてますか?」
俺は首を振る。
「そんなことない、ないよ」
「良かった」
俺たちはホームで電車を待っていた。
井村さんが話しかけてきた。
「今日は、殺人犯がいることを知らせてくれて、ありがとうございました。あのままあそこで看板を拭いていたら、危ない目にあっていたかもしれない」
「ああ、本当によかったよ。何事もなくて」
「あの後、影山さんなかなか帰ってこないから…… 私……」
井村さんが急に俺の手を引いてきた。
やわらかくて、すべすべした指に触れて、気持ちが良くなった。
「えっ?」
「心配しました。店長が出てはいけない、と言うし。どんなことがあったんですか」
「えっと…… あの後だよね。俺はちょっと動けなくなっちゃってさ。だけど、警察に協力している除霊士の人がやってきて、犯人とあっさり捕まえてくれたから助かったよ」
井村さんが、上目づかいで俺の方を見てくる。
「除霊士、ですか。なんて人ですか」
「あっ、いや、うん。よく知らない」
俺の手を井村さんの頬に付けた。
「本当に?」
俺のGLPから違和感が伝わってくる。
「……」
俺は言葉には出さずに、うなずいた。
「じゃあ、犯人には霊がついていんですか?」
GLPの違和感は続いている。
井村さん、あなたがこの違和感の原因ですか。俺はそんなことを言いかけ、その言葉を飲み込んだ。
「じゃないかな。俺もよくわからないんだよ」
「……そうですよね」
井村さんが、そう言って笑うと、急にGLPの違和感が消えた。
同時に、俺の中にある警戒心も一緒に消えて行った。
「井村さん、明日も仕事入るんですか?」
「明日も同じ時間入りますよ。影山さんは?」
迷いもなく、そう答えたように見える。
俺は、それに対して戸惑いながら言った。
「俺も午後、店にはいります。よかったら…… 明日も一緒に帰りませんか?」
「……ええ、影山さんがよければ」
「良かった。明日が楽しみになってきました」
また自分の顔がニヤけていることを抑えられなくなっていた。
なんだろう、本当にモテ期がやってきたんじゃないか。
明日も会話が弾めば、この娘を彼女にできるんじゃないか、俺はそう思っていた。
葵山で俺が下り、井村さんはずっと手を振っていた。
駅から歩いて、下宿させてもらっている冴島さんの家に帰る。
風呂に入って寝ようと思ったら、冴島さんが帰ってきた。
「おかえりなさい。いつも遅いですね」
「もう帰ってたのね。そうだ、あの事件、あなたのバイト先の近くでしょ?」
冴島さんが指をさしてそう言った。
「警察協力で橋口さんが来てて」
「そうみたいね。ちょっと話しを聞いたわ。殺人犯だけど、あなたにお願いしている違法降霊師が憑けた霊の可能性があるわ」
ふと、俺は自分がコピーして警察に渡した映像が頭に浮かんだ。
ハゲの常連さんと、その連れ。連れは、上下レザーを着ていたな…… 上下レザーの男? 筋肉とかのつきかたはまるで違うが、顔はもしかしたら……
「まさかミラーズの店内で降霊術は行わないと思うけど、近くで事件があったのなら、そういう可能性も否定できないわね」
「店内に、VIPルームっていうのがあるんです。外からは見えない部屋が」
しかし、ハゲの常連さんがVIPを使っていたかどうかはわからない。もしかしたら、予約状況とか使用状況を書いている店のノートに何か書いてあるかもしれない、と俺は思った。
「ちょっと調べた方がいいかもね。現場を抑えれれば、その場で捕まえることも可能よ」
「わかりました」
冴島さんが俺を睨んでいるのに気づいた。
「えっと…… どうかしましたか?」
「あなたどこまでついてくる気なの」
気づくと、冴島さんはトイレの扉の前にいた。
「あっ、そんなつもりじゃ」
「……」
冴島さんはこっちをじっと見ている。俺が充分に離れるまでは、トイレに入らないようだった。
俺は居間のソファーに戻って考えた。
どうやったら、監視カメラの映像を確認させてくれるだろう。今日は店長だったが、明日はきっとチーフが来ている。チーフは裏方が店の側に出ていくのを極端に嫌う。何か明確な理由を作らないと店の防犯映像をみることは出来ない。
「影山くん…… ちょっとじっとしてて」
「えっ、なんか霊でもいましたか?」
「違うわ…… 髪の毛。結構長い。あなたのじゃないわね」
俺は風呂に入ってそういうものが一切ついていないはずだ、と思い考えられる髪の毛について言った。
「風呂入ったから、今髪の毛がついているとすれば、冴島さんのじゃないですか」
「……へぇ」
「なんですかその言い方」
冴島さんはニヤリと笑った。
「ずばり、霊痕がついている、と言った方がよかったかしら?」
「れいこんですか?」
冴島さんは俺に手をかざした。
「あなたの家族のこと、あなたの屋敷のことは言わないのよ」
「……」
「これで大丈夫かな。いい、その女の子、あなたが欲しいんじゃなくて、あなたの情報が欲しいのよ」
突然『女の子』という単語が飛び出てきて、俺は焦った。
俺にとって、今、女の子というのは井村さんしか考えられなかった。
なぜ、井村さんのことがバレている。井村さんは、俺の家族とか、屋敷のことを知りたがっているというのか。だが、彼女はまだそんなこと一つも言い出してない。
「なぜ女の子のことが……」
冴島さんは、キッチンの方へ行くと全自動コーヒーメーカーに豆をセットした。
「……そうね。悪かったわ。今回のは良い訓練になると思うから、自分で考えてみなさい。なぜ私がさっきのようなことを言ったのか。答えがわかった時、あなたは確実に一つ成長しているわ」




