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「ああ、この人、常連さんだよ。単価高いからいいお客さんなんだけど…… 女の子の評判は良くないんだけどな。目つきがエロいとか、この人に近くによると触ってもいないのに、身体に触れたような気がするとか言って。何度か俺も店内の監視カメラみて確認したけど触ってはいないんだよ。けどなんか変なことは変なんだ。まあ、そういう人もいるから我慢だ、とは言ってるんだけど」
このおじさんは女の子から気持ち悪がられている、ということだろうか。
監視カメラ装置のことで、俺は店長に伝えなければならないことを思い出した。
「そうだ、店長。あの、映像をコピーするメディアがないです」
「なんだメディアって?」
「USBメモリか、DVD−Rとかが必要ってことです」
「なんだ。ほら、金渡すからコンビニで好きなのかって来い」
除霊士である橋口カンナは、朝、警察に呼び出され、殺人事件の現場に来ていた。
死体は片付けられた後だったが、強力な霊痕が残っていて通常の犯罪ではないことは除霊士である橋口にとっては明らかだった。
「霊は関わっていますか?」
鑑識の人がたずねると、橋口はうなずいた。
「やっぱり…… 来ていただいて良かった」
警部がやってきて、橋口と話す。
「犯人の後を追えないものなのか。歩いたりする先に霊が残ったりしないのか」
橋口は手を広げて言う。
「霊痕で追跡するようなことはないわ。それをしたいなら警察犬に匂いを覚えさせて、追わせる方が正しいわね」
橋口は店の横の小さな入り口を指さした。
「あそこ、がどうかしたんですか」
「それこそ霊の痕がついているのよ。ずっとそこに居たんじゃないかしら。匂いもついているかも」
その小さな入り口は、被害者が今朝、荷物を搬入しようとした入り口だった。
犯人はそこにずっと座っていたのだ。
「わかった。警察犬を連れてこよう」
橋口は通りを歩き始めた。
殺人現場以外にも、通りのあちこちに霊痕が残っている。警部が言ったように霊痕で追いかけられるのではないか、と思うほどに存在する。普通、こんなことにはならない。
あるとすれば…… 橋口は思った。強い霊力が、体から溢れている場合だ。ただ、溢れるということは、相当な強力な霊を持っているか、本人に保持する能力がない、つまり器以上に霊が降りてしまったか。
橋口のスマフォが鳴った。
「カンナ、もしかしてあの殺人事件現場にいる?」
「何よ麗子。いきなりそんなこと聞いて」
「周囲の霊圧はどうなの? この前の屋敷のようなことになってない?」
橋口は周りを見渡す。
「霊圧は測ってないけど、あちこちに霊痕があるんだケド」
「あの、そのあたりって実はね……」
女子店員がやってきても、俺は店側の方にいることが許された。
監視カメラ映像のコピーをとる、という重大な仕事があって、どちらかと言えば店側にある小部屋に出入りする必要があったからだ。
初めて目の前で見るバイト先の女子店員。全員ではないにしろ、タレント志望の娘が多いせいで、容姿のレベルは非常に高い。俺は美しい女性を眺めることが出来る喜びに震えていた。
「今日、殺人事件あったって」
「知ってる、テレビでやってた」
「この近くだよ。首をぐるっと真後ろに回されて」
「なにそれ。怖いよ~」
俺は、女子店員たちの話に加わろうと小部屋を出ると、店長とばったり顔を合わせてしまった。
ルール上、俺は女子店員と会話をしてはいけないのだ。今日は店長だからいい、というわけではないのだ。
「コピー、終わった?」
「は、はい、今終わりました」
悪いことは出来ない、と俺は思った。そのまま店長にUSBメモリを渡した。
「やっぱこれ、君が持っててよ」
と手を押し返された。
「えっ…… いいですけど」
俺はポケットにUSBメモリを入れた。
楽しい時間はあっという間に終わり、俺は皿と食洗機とゴミ出しの繰り返し地獄に入った。
それに、何故か今日は午前中からやたらに客が多い。
「殺人事件があった、ってなれば客が減るのかと思ったが……」
店長がクビを傾げながら厨房にやてくる。
「返って映像が出回って、この街のことを思い出してくれるのかな」
殺人のせいで客が増えている、としても一時的なものだろう。本当にこのあたりに殺人鬼が潜んでいるとしたら、最終的には客が減っていくはずだ。
「てんちょー、警察のひとが」
厨房側に顔を出してきた。ピンクの制服に合わせて同じ色のヘッドドレスをつけている。こういうアレンジはありなのだろうか、と俺は思った。みんながしていないことをすることで、他人の目を引こうということだろうか。
「あっ、影山くん、さっきの渡してきて」
俺は慌ててタオルで手を拭いて、店側へ出ていった。
警察官が入り口に来ていて、人目が集まっていた。
「?」
いや、どうも違う。人目が集まっている理由は、その奥にいる、背の低い女性…… 背は低いが、胸が、胸が非常に大きい女性がいた。
「あれって橋口さんじゃ……」
まずい。ここで俺と橋口さんが、つまり警察関係者と知り合いということになったら、店の客にバレてしまう。客の中にはターゲットの違法降霊師がいるかもしれない。こんな段階で、俺が内偵をしていることがばれてしまわけにはいかない。
俺は取り出したUSBメモリをもう一度ポケットにしまって、店長に差し出した。
「店長から渡してください」
「なんでお前渡してこないんだよ」
「えっと……」
何か気の利いた理由を考えておくべきだった。
俺は必死に考えた。
「警察官の人がイケメン過ぎてはずかしい」
「バカ」
重い、重いげんこつを頭に落とされた。
俺は考えた末、マスクを付けてから入り口へ向かった。
「監視カメラの映像です」
橋口さんは、店の外にいる人々の視線を集めていて、それを追い払うのに精一杯のようだった。
気にしすぎたか、と俺は思った。
「確かに受け取りました。メモリはコピーしたら返しますね」
「はい。お願いします」
警官が帰りかけた時、橋口さんが言った。
「あれ?」
やばい、バレた? 俺は視線をそらした。
帰りかけた警官が俺と橋口さんの方に向き直った。
「……」
橋口さんがじっと見るせいで、更に警官がこっちに向かって戻ってくる。
「ごめんなさい。なんでもないわ」
橋口さんはきびすを返して、警官を押し戻すようにして去っていった。
俺はマスクの下で、静かに、大きなため息をついた。




