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長い髪の女が、タブレットの画面を見ている。そこには少々間の抜けた顔で映った男が一人。どうやら、どこかのIDカードとして使うために撮った証明写真のようだった。
「この男が?」
部屋にはそう問いかけた相手がいた。
それはお笑い芸人しかきないような、真っ赤なスーツに黒いシャツ、そこに真っ赤なネクタイをしていた。
暗い部屋にもかかわらず、サングラスをつけている。
男は、チタンのスキットルからウイスキーを口に含んだ。
蓋をして雑に机に投げると、言った。
「ああ、そうだ。黒い火狼はこいつに殺られた」
またスキットルを手に取ると、ウイスキーを飲んだ。
「信じられません」
「……俺もだ」
そう言って、まるで水でも飲むかのようにウイスキーを口に入れる。
「黒い火狼が知っていた、という情報はわからないのですか?」
「わからん。本人は確かめるために屋敷に向かったんだろうが、そこで倒された」
「いっそ殺ってしまいましょうか」
「顔はま抜けかもしれんが、あの屋敷の住人だった男だ。どんな霊を、どれだけ取り込んでいるかはわからん。十分注意しろ。いいか、殺ろうなんて考えるなよ。可能な限り近づいて、屋敷の情報を引き出すんだ」
女は、少し前かがみになって、胸とお尻に手をあてた。
「そのために教祖様は、こんな私に霊を憑けてくれたんですよね」
「……」
「お役に立ってみせます」
「ああ、頼んだぞ」
俺はスマフォで撮った写真を見ていた。写真を撮った写真だった。俺と、妹かお姉さんか分からない女性が一人と、父と母だ。顔が似ているわけでもない。この一人ひとりの距離感が、家族なのか、他人なのかわからなかった。俺に記憶がないせいでそう思うだけなのかもしれない。
写真を拡大してみた。合成かなにかで、継ぎ目や修正している箇所がないか探していた。
まるでこの写真が本当でなければいいのに、と思っているようだった。
「おい、カゲ。スマフォ見てないで仕事しろ」
そう言ったのは職場のチーフだった。黒い前掛けをしていて、髪をジェルでべっとり後ろに流している。ちょっと怖い、チンピラ風の男だった。
「あっ、す、すみません」
スマフォを持っている手を引っ張られた。
「……家族の写真か。なんだ。田舎から出てきて寂しいか。まあ、いいぜ。それなら少しくらい」
「いえ。大丈夫です。仕事します」
俺は持ち場に戻って、桶から取り出し皿洗い機に皿をセットする作業を続けた。
皿洗い機から出てくる皿を今度は棚へ戻していく。桶の水を抜いてから、汚れを取って捨てたり、トイレや床の清掃も残っている。
俺がこの店のバイトに入れられたのは、冴島除霊事務所からの斡旋によるものだ。
つまりただのバイトではない。調査目的があるのだ。
『ミラーズって店知ってる?』
俺は店の名前に反応した。なぜなら、香山ユキちゃんがスカウトのきっかけが、ミラーズのバイトで有名になったからだった。
『知ってますよ。甘いものと美味しいコーヒーを出す店ですよね』
『ずいぶんアバウトだけど、そうよ。フルーツケーキを得意としているチェーン店。そこの虎島店でバイトして欲しいの』
『やりますやります。その店こそ、香山ユキちゃんが勤めていた伝説の店舗じゃないですか。今はユキちゃんのおかげで有名になって、タレント志望の美少女ばかりが集まるという』
冴島さんが不機嫌な顔になった。
どうやら、香山ユキが嫌いなようだ。以前も加山ユキのサインの話をしたら、バイト代からめちゃくちゃ経費を取られたのだ。
『だからバイト一人ねじ込むのがこんなに大変だったのね』
『すみません。俺の為に』
冴島さんはキレ気味に指を立てた。
『あんたのためじゃない。クライアントの為よ。今回は全国降霊協会からの依頼で、違法降霊師が商談に利用していると思われるミラーズ虎島店の調査になったってわけ』
俺は何のことか分からなかった。
『違法降霊師、ですか?』
『訳わかってなさそうだから説明すると、店員ではなくて店の客の中に違法降霊師がいるみたいね。どうもお気に入りの店らしくて、何度も利用されている。この店で張ってればそいつが捕まえられる、ってわけ』
俺は素直に思った。
『俺、わざわざバイトする必要なくないですか?』
冴島さんは再びキレ気味に指を立てて言う。
『客を装ったりするにはお金がかかりますね? あなたが張り込みが上手ならいいけれど? そんな技術あるんですか? どうなんですか?』
『ごめんなさい』
『よろしい』
というワケで、半分ぐらいはおいしいバイト、という気持ちで入ったのだった。
しかし、俺が入れられたのは裏方のバイトで、女子店員との接点などは全くない。
モニタを見る限り、壁の反対側にはタレントのような若くてかわいい、美少女たちが胸を強調した制服を着て、短いスカートをフリフリしながら店内を歩き回っているのだ。しかし、モニタ越し以外に顔を合わせることはない。軽食の調理が出来れば、皿を渡す時にちらりと女子店員の顔を見ることが出来るだろうが、バイトにそのチャンスはない。
ただ、店員をみることが完全にないわけでもない。
店は制服で働く関係で、勤務の前後に更衣室へ行く。皿洗いのバイトが唯一見ることが許される場面だった。
「由恵くん、上がっていいよ」
俺はその言葉に反応した。ほんの僅か、更衣室へつながる廊下に移動する、二三歩だけ、ここから見ることが出来るのだ。
その時、職場のチーフが思いついたように言った。
「おいカゲ。ゴミ出しして来い」
泣きたかった。この何時間がつまらない皿との格闘を耐えたのは、この由恵ちゃん、という女子店員がそこを通過する一瞬、その為だったのに。
「は、はい。ゴミ出しですよね」
俺は一瞬でも遅らせれば、由恵ちゃんという店員が『制服姿で』そこを通過するのが拝める、そう思った。
「さっさと行け」
ボン、とゴミ袋を投げ込まれた。俺は濡れた床にしりもちをついてしまった。
「おさきに失礼します」
テーブルの下に倒れている間に、由恵ちゃんは通り過ぎてしまった。
何てタイミングなんだ、転ばなければ見れたかもしれないのに……
「ご、ゴミ出ししてきます」
俺は裏口を開けて、薄暗い通路を歩いてゴミの集積所にゴミを出した。
そのまま通路を戻って厨房に戻った。
「おうカゲ、ありがとうな」
俺はチーフに会釈した。
そう、まだ多少だがチャンスはある。私服に着替えているが、タレント志望の女子だきっとそれなりに『見栄えのする』恰好だろう。それに、上がる由恵ちゃんがいるなら、入る別の女子店員がいるはずだ。
その時、小さくブザーが鳴った。
洗い桶に皿やフォーク、スプーンが入ったサインだった。
「おら、来たぞ」
チーフに言われるまま、俺は桶に手を突っ込んで下洗いを始めた。




