(50)
表情のない、お面のような顔。
口が開くと、声を上げた。
「うぉおおおお……」
美紅さん、どうして……
冴島さんが、指を組み合わせながら言う。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
前に伸ばした手を合わせ、手を左右に開くと、冴島さんは何もない空間から刀を引き出していた。
ちょっと待ってくれ……
俺は球体を回り込んで、冴島さんのところに走った。
「待って、待って!」
冴島さんは刀を顔の一つ一つに突き立てていく。
刺された顔が悲鳴を上げる。
刀が抜かれると、なかったかのように平坦に戻ってしまう。
俺の様子に気づいた橋口さんに引き止められる。
「麗子の判断は正しいわ。もうさっきまでとは違うの。助からない……」
「冴島さん、やめてください!」
橋口さんを引きずりながら、俺は進んだ。
「違うやり方が…… お願いです……」
白い肌の球体は、転がりながら冴島さんに噛み付こうとする。
両手に刀を持った冴島さんは下がったり、左右に回りながら、顔を見つけては刀を突き立てる。
「橋口さん、離して、冴島さんを止めないと」
「ダメ、助ける方法はないわ。やらなければ殺られるのよ」
もう球に残る顔は一つしかない。
「美紅さん!」
俺が叫んだ瞬間、肌色の球に残っていた顔が、美紅さんの顔になった。
しかし、間髪を入れず、冴島さんの刀が突き刺さる。
俺は橋口さんを振り切って、美紅さんの顔に近づく。
「美紅さん……」
身体はこの大きな球になっていたが、顔は人の姿の時の美紅さんそのものだった。
「伝えなきゃいけないことがあるの…… 火狼が言ってたわ、キーはもうひとりの影山だって……」
「……美紅さん」
「ありがとう。あなたといた間、少しだけ人間に戻れた気がする……」
虹彩の反応が止まった。
口が引きつるように動いて止まる。
冴島さんが刀を抜くと、顔は引き込まれるようにして平坦に戻っていった。
「ほら、早く離れて!」
冴島さんに腕を引っ張られる。
俺は走りながら、球体を見つめていた。
一瞬、ぐっと小さくなったと思うと、また膨張し始めた。
「あっ……」
美紅さんの身体だったものは、破裂した。
散らばった肉片は、蒸気を発しながら消えていく。
「美紅さぁあああん!」
冴島さんに手をひかれながら、叫んでいた。
「ここまできて、屋敷に入らないんですか」
冴島さんがうなずく。
「霊力の消耗が激しすぎるわ。それに…… おそらく屋敷の中は、もっと霊圧が高い。この状態では危険よ」
「麗子の判断は正しいわ。外から測ってみたから誤差はあるでしょうけど。中は一つ桁が違う」
俺は屋敷を見つめた。
冴島さんが近づいてきて言った。
「あなたの家族のことがなくて、屋敷が、このバランスを保っていられるなら、探査しないで放っておきたいくらいよ」
「……」
橋口さんが俺の肩を叩く。
「大丈夫。必ず調べに入ることになるわ」
隅々まで覚えるように俺は屋敷を見つめた。
屋敷の門までくると、橋口さんが霊圧を計測した。
「問題ないわね」
冴島さんが横の小さな扉を開け、橋口さんと俺が出るのを待った。最後に冴島さんが出てきて、言った。
「コウタケのお婆さんから受け取った鍵で、ここを締めるのよ」
橋口さんがずっと霊圧を測っている。
「大丈夫、準備できてるわ」
俺はポケットから鍵を取り出し、差し込み、回した。扉が動くか前後に押し引きして、完全にかかっているのを確認する。
「霊圧の上昇はなし。大丈夫みたい」
「ふぅ……」
冴島さんが大きく息を吐いた。
「警察には私が報告するから、麗子たちはそのまま帰ったら」
「カンナ、悪いわね。そうさせてもらうわ」
橋口さんは新しいトレンチコートを取り出し、それを羽織る。
軽く手を振りながら去っていった。
通りを少し歩くと、止めていた冴島さんの車から、中島さんと松岡さんが出てくる。
「お嬢様!」
「所長、無事でよかった」
言うなり中島さんが冴島さんに抱きつく。
冴島さんに頭を撫でられながら、中島さんが泣いている。二人を見つめている松岡さんの目元にも、光るものが見える。
まさか、それほどヤバイ案件だったのだろうか。
車に乗り込むと、冴島さんが松岡さんに指示する。
「家に帰りましょう」
すると、中島さんが言う。
「あの除霊士さんに警察への報告を任せて良いんですか? 手柄全部取られてしまいますよ」
そうか、だから先に帰らせたんだ。
「大丈夫。除霊士協会でチェックがはいるから」
「けど、細かいところまでは」
「良いわ。今、お金が重要ではないから……」
「……」
俺はちらっとルームミラーをみる。
中島さんの肩に頭を乗せ、冴島さんは眠っていた。
俺は、ふと車と逆側の通りに、業務用のような大きな掃除機を見つけた。美紅さん、と思って振り向くと、長い髪の女性がそれを引きずっていた。
「別人か、そうだよね……」
もう美紅さんはいない。
俺は美紅さんのことを思い浮かべながら目を閉じると、そのまま眠ってしまった。




