(49)
「冴島さん、今です。霊弾を!」
しばらくすると、輝く火の玉のような霊弾が飛び込んで来た。
霊弾は、次々に火狼の喉の奥へ消えていく。
「避けて!」
遠くで冴島さんの声が聞こえる。
霊弾に当たるな、ということだろう。振り向きながら身体を動かし、霊弾を避ける。
火狼は、顔を振って霊弾を俺に当てようとしているのだ。
その間も、俺が突っ張る力を緩めれば口を閉じようとしてくるし、突っ張ればあごを開こうとする。
火狼が嫌がっているなら、やっている意味がある。俺はそう思っていた。
「連続霊弾いくケド、いいわね?」
橋口さんの声だ。
青白い光りに包まれ、長い紐状の霊弾が、火狼の口に飛び込んでくる。
うねりながら連続的に続く霊弾が、どんどん喉の奥へ入っていく。
火狼は霊弾を俺に当てようとして、首を振り続ける。
「まずい!」
火狼の霊力に対抗するため、『鉄龍』の力が使われていたのだ。
霊力を使えば『鉄龍』は小さくなっていく。
GLPは霊力のチャージが必要で、次の『鉄龍』を取り出すには時間がかかる。
つまり、この『鉄龍』がなくなる前に、俺はこの火狼の口の中から逃げ出さなければならなかった。
出来なければ…… 飲み込まれて死んでしまう。
「もっと、もっとたくさん霊弾を!」
「何いってんの、こっちも限界までやってんだケド」
「もう少し引きのばして!」
口の中に居る俺には、火狼の様子がわからない。
破裂しそうなのか、まだまだ余裕なのか……
小さくなった『鉄龍』のせいで、火狼が大きくあごを開くと、身体を突っ張っても届かなくなってきた。
ここで転んだら、そのまま飲み込まれてしまう。
「あっ……」
そう言った時には『鉄龍』が消えていた。
俺は火狼の舌に転がされ、喉へと落下していた。
「影山くん!」
かすかに冴島さんの声が聞こえた。
「えっ? ……飲まれちゃったんだケド」
「……大丈夫、よ」
「何言ってんの麗子。現実を直視しないさいよ」
冴島は首を振った。
そして火狼を指さすと言った。
「カンナ、ほら、見て」
火狼の膨らんだ腹が、青白く発光し始めた。
「限界が来たってこと?」
冴島はうなずく。
火狼は力なく横になると腹を上にした。
腹の中からあふれる光は強くなり、光が弾けた。
火狼の大きい身体が、急速に小さくなっていく。
弾けた光に交じって、黒い霧のような、煙のようなものも抜け出ていく。
「麗子、黒いあれって浄化出来ない霊もいるってこと?」
冴島は震えているばかりで、橋口に返事をしない。
「麗子? ねぇ、聞いてる?」
火狼から抜け出た光が、意志を持っているかのように動き始める。
集まる光が、人の形を作り出す。
「麗子、あれ、もしかして」
橋口が言いかけると、冴島はその人の形の光の塊に向かって、走り出していた。
「影山くん!」
冴島が行ってから橋口が言った。
「影山くん、って…… それって果たして、人間なの?」
火狼に飲み込まれた、はずだった。
俺は気が付くと、冴島さんに抱えられていた。
「良かった、生きてた、生きてたよ」
冴島さんの涙が俺の顔に落ちてきた。
横を向くと、男の姿があった。冴島さんはもとに戻れないと言っていたが、体から霊が抜けてしまった今、狼の姿ではいられなかったのだろう。火狼と思われる男は、立ち上がろうとして、血を吐いた。
もう一度、膝が揺れながらも立ち上がると、俺を睨みつけた。
血だらけの口を開け、倒れ込むように襲い掛かってくる。
冴島さんが飛び退き、俺は転がりながら、男と交錯するように足元をすり抜けた。
男が対象を失って地面に倒れ込むところを、抱き止めた者がいた。
「美紅さん!」
「もう戦うのは無理です。私と一緒に組織を抜けましょう……」
美紅さんが男にそう言うと、男は俺の方を振り返った。
男の血だらけの口がニヤリと笑った。
男は美紅さんの方に向き直り、抱きつくようにして首筋を噛んだ。
「いやぁあああ」
美紅さんが叫ぶと、男は破裂したようにバラバラになった。周囲に血が飛び散る。
美紅さんは手で顔を覆っている。
「美紅さん?」
俺は立ち上がりかけた。
美紅さんの腕や足が風船が膨らむようにむくんでいく。
指がわからなくなるほど手が膨らみ、着ていた服が切れて飛び散ってしまう。
何もかも人としての形がなくなり白い肌の球体になった。直径で四メートルはあるだろうか。
球体が完成すると、重力にまけて、丸くてい平たい、せんべい餅のように広がった。
急激に地面に広がったその白い肌に弾き飛ばされ、俺は尻もちをついてしまった。
「美紅さん!」
白い肌ののっぺりした物体が、俺の声に反応した。
うねうねと一部が動き始めると、その縁に丸い輪郭が浮かび、横に並んだ切れ目と、縦に一つの突起、そのしたに横に開いた切れ目が現れた。
三つの切れ目はただ暗く、穴が開いているように見える。
俺はトンネルで見た、奇怪な顔の事を思い出していた。
あの時、俺が見たのは、まさか、この美紅さんの姿?
「!」
下の切れ目が動いて、声が出た。
「今度こそ、お前を食らう」
美紅さんの声ではなかった。かといって、火狼だった男の声でもない。
「美紅さん…… 戻って、元に戻って!」
人のような顔の横にもう一つ盛り上がりが出来、顔のような輪郭が浮かび上がる。切れ込んだだけの目と、突起した鼻、切れ込んだだけの口に、薄っすらと赤い紅が付いた。
「逃げ…… 逃げて…… 私…… 戻れない……」
それはとても小さい声だったが、美紅さんの声だった。
目の部分の切れ込みが閉じると、端から涙のようにしずくがこぼれた。
白い肌の中に、輪郭ごと消えていく。
「逃げ…… て、おねが…… い」
平たくなっていた白い肌の円盤が、再び球に戻った。
すると、あらゆる場所を埋め尽くすように顔が現れた。




