(47)
「この感覚、なんなんですか?」
「黙って、竜頭を押せるように準備して」
冴島さんの言うことは絶対だった。俺は黙って霊弾が襲ってくるのを見つめた。
『せぇーの! 発射!』
声に合わせ、俺はGLPの竜頭を押し込んだ。
今までに見たことのない大きさの『助逃壁』が光りながら発射される。
まるごと霊体の霊弾は光る壁に押し戻されながら屋敷の方へ進んでいく。
「GLPに私とカンナの霊力を注ぎ込んで足し算したのよ。ほら、ぼーっとしてないで『助逃壁』の後ろについて行って屋敷の方へ向かうわよ」
「あの霊体は成仏するんでしょうか?」
「成仏出来ても出来なくても、あの光の壁からはしばらく出れないわね」
橋口さんがじっと俺の方を見ている。
屋敷に向かって進んでいく間も、俺をじっとみているので、たまらなくなってたずねた。
「橋口さん、どうかしたんですか?」
「えっ? 何が?」
「俺のこと見てますよね?」
ようやく何を聞かれているか意識したように、視線をそらした。
「あたしみてないケド」
「……」
「なによ。麗子の使用人なんかに興味はないの。そっちこそジロジロみないでよ」
冴島さんが割って入ってきた。
「なんとなく、だけど、さっきの『助逃壁』を作り出した時、こちらからエネルギーを押し出したんじゃなくて、引き出されたような感じがあるの。カンナはそれを気にしているんじゃないかと思う」
「えっ、俺が?」
橋口さんが冴島さんの腕に触れる。二人は俺から距離とった。
そして耳打ちする。
「(いったい、こいつには何が憑いているんだ?)」
冴島さんは首を振る。
「(素性はしらべている最中よ)」
「……」
俺たちは再び屋敷の前に、さっきよりもずっと近くまでやってきた。
車回しのあたりに、人影が動いた。
黒いスーツ。サングラスに、タバコ。赤い炎が燃えているが、タバコの炎は進まない。
「火狼、もう逃げられないわよ」
「ふん、別に俺は逃げ込んだわけじゃない」
「おとなしく捕まりなさい。あくまで抵抗するなら倒すまでよ。除霊士を舐めないで欲しいんだケド」
黒いスーツの男が、すっと指をこっちに向けると、何もない空間から霊弾が作られ、こっちに向かって飛んでくる。
橋口さんが、左手を押し出すように伸ばすと、そこに棒状の空気の歪みができた。
その歪みが伸びていって、フラフラと回避運動をする霊弾を捉える。
「単発の霊弾では倒せないか」
「火狼、あなた何か知っているわね?」
火狼と呼ばれる男は、ボールを投げるように右手、左手を動かす。
すると、まるで手のひらから放たれたように霊弾が動き出す。
冴島さんもエア卓球のように手を左右に動かすと、冴島さんの前方にも霊弾が作り出される。
橋口さんがスマフォを眺めてから言う。
「むっ、ここは霊圧が高くなっている」
冴島さんにつづいて、橋口さんも腕を振ると、指先から前方に霊弾が繰り出される。
火狼は撃たれる霊弾を避けながら、腕を振って俺たちの方へ霊弾を放つ。
さっきまで避ける一方だったのに、今は違った。冴島さんは霊弾に霊弾をぶつけて打ち消したり、小さいものは手で握りつぶすようにして霊弾を消してしまう。一方、橋口さんは、着ていたコートの裾を引っ張って振り回し、コートに霊弾をぶつけて消している。
そんな様子を横目でみながら、俺はどうすることもできずに、あたふたと避けている。
霊弾は地面に当たって消えてお終いなものもあれば、弾んで追いかけてくるものもある。
腕についているGLPをのぞき込むが、『助逃壁』は表示がグレーで、まだ使えない。
「あのっ、俺はどうすれば!」
冴島さんがちらっと振り返ると言う。
「あなたも霊力を集中すれば打ち消せるわ」
俺は両手を伸ばし、霊弾を受け止めるつもりで精神を集中する。
俺だって、霊力はあるんだ。集中、集中……
「うげっ!」
広げた手のひらをよけて、霊弾が俺の腹の真ん中にぶち当たった。
吹き飛ばされて、地面を転がり続けた。
あちこちが擦り切れて血が出ている。
「……だめです」
「データセンターの時を思い出して!」
そう、あの時俺はサーバーラックから出てくるゾンビを倒していた。
アレが『霊力の集中』のヒントなのかもしれない。
俺はGLPの竜頭をチリチリと回し、『鉄龍』に合わせた。
「出てこい鉄龍!」
目の前に輝く杖が浮かび、その輝きが消えると、そこから金属でできた杖が落ちてきた。
慌てて掴むと、俺はそれをバットのように構えて飛び込んでくる霊弾を打った。
「やった!」
鉄の杖に弾かれた霊弾は、粉々の光の粒になって散り、そして消えていった。
これなら、と思って俺はこっちに向かってくる霊弾に杖を振り続けた。
火狼は橋口・冴島コンビが投げつける霊弾を避けたり処理したりしていたが、突然、手をついてしまった。
「ん?」
俺は、スーツの男が両手をついて俯いているのを見て、違和感と不自然さを感じた。
しかし、すぐにそれが間違えであることに気づいた。
火狼は遠吠えをしたのだ。
「これが本来の火狼の姿ってことか」
火狼の周囲の空気が陽炎のように揺れたかと思うと、着ていた服が燃え始めた。
服が焼け落ちると、全身に毛が生え、身体全体が大きくなっていった。
「もう戻る気はなさそうね」
そう言う冴島さんに俺はたずねる。
「どういうことですか?」
「火狼が狼の本体をさらけ出したら、誰かが封印するまで人の姿には戻れない」
「イコールヤバいってことよ」
そう言って橋口さんが、闘牛士のようにトレンチコートを広げて持って火狼と俺たちの間に入った。
完全に狼化した火狼。その怒り狂ったような咆哮が聞こえる。
火狼が橋口さんのコートに突っ込んでくる。
コートは火狼の頭に絡みついた。
ダメージがなかったように見えた橋口さんが、よろける。
「大丈夫ですか」
橋口さんの紫のセーターは胸元が開いていて、大きな胸の谷間が見えた。
いや、なんで俺はそんなところを見ているんだ。
コートを持っていた方の腕に軽く擦り傷がある。橋口さんは苦痛のせいか、まぶたを閉じる。
「橋口さん! 大丈夫ですか、気を確かに……」
俺の腕のなかで身体をそらせると、さらに胸が強調される。
触りたい、確かめたい、という気持ちが膨らんでいく。
「影山くん、何してんの? 火狼がっ」
火狼は、顔を覆っていたコートを何とか燃やし尽くし、ぶるっと身体をねじった。




