(44)
トラックは民家の壁を壊し、建物に突っ込む。
ヨロヨロと壊れた壁から運転手が出てくる。
家とトラックの間に、雷が直近に落ちたような光が数度、走る。
バァーン、と破裂音がして、炎が上がった。
女除霊士は逃げていく火狼を横目でみながら、運転手を助けに走った。
走ってきた車は検問で止められた。
警察官は運転手に言う。
「いまこの地域の通行は……」
冴島さんが窓を開けると警察に何か見せ、言った。
「除霊士の冴島麗子です。緊急案件ですから通してください」
若い警察官は冴島さんの方の窓をのぞき込むようにしてくる。
「えっ、除霊士……」
冴島さんは手で窓を拭くかのように動かすと言う。
「さっさと上席に確認するのよ」
「はぁ?」
逆切れ気味の表情とは行動が違っていて、その若い警察官はすぐに無線で確認を始めた。
「もう一度先ほどの番号を……」
耳で聞きとながら、冴島さんの出す身分証を確認している。
そして、周りに合図して検問を開けさせる。
「どうぞお通りください」
松岡さんが警察官に敬礼をすると、車が再び走り出した。
立てこもり強盗が入ったコンビニを通過して、俺の住んでいた家の近くまでくると、松岡さんは車を止めた。
松岡さんが扉を開けると冴島さんが車をおりた。
扉をしめて、車にもどるかと思うと、松岡さんが電柱に駆け寄った。
なんだろう、俺は松岡さんが立ちションでもするのかと思っていたら、電柱をなめるように見回しはじめる。
「?」
冴島さんも松岡さんの行動に気付いた。
「まさか……」
「クゥーーン」
俺は耳を疑った。
あの松岡さんが、喉を鳴らすような声をあげたのだ。
そして、そのまま周りをキョロキョロと気にしながら、車の運転席に戻っていく。
「冴島さん、松岡さんはどうしたんですか?」
「松岡は忠犬なのよ」
「……」
急に理解を超えた話をされて、俺は何から聞いていいか迷った。
「えっと、そうじゃなくてですね。どうして喉を鳴らすような声をあげたのか、とかそういうところから説明してほしいんですけど」
「松岡には霊を憑けているの。それが忠犬の霊よ。私のしもべとして働いてもらう為に、本人同意の上で降霊したものなの。さっき喉を鳴らすような声をだした松岡の行動は、その忠犬の霊がおびえているということなの。おそらくだけど、あの電柱にマーキングした、より強い犬系の霊がこの近辺にいる、というわけ。先にここに入った除霊士の情報からすれば、あの電柱から感じ取ったのは『黒い火狼』でしょうね」
「黒いホロウ?」
俺が聞き返すと、中島さんがスマフォの音声アシスタントにその言葉を聞いた。
中島さんが俺に結果画面を見せる。
「火の狼、と書いてホロウっていうんですか。『黒い』ホロウ、ってことは黒いのに火の狼なんですか?」
「まあ、『黒い』ってのはあだ名みたいなものよ」
俺は視野にものすごい形相でこちらを見つめる女性が目に入った。
背が低く、この季節なのにコートを羽織っている。
太っている…… わけではないようだ。胸周りがあついというべきなのか。
怒りなのか憎しみなのか、こっちをみる目つきが厳しい。
冴島さんも、中島さんも俺の方を向いていて、その女性に気が付かない。
俺は言った。
「黒い火狼って、もしかして、あの人ですか?」
指さすと、中島さんと冴島さんが一斉に振り返る。
しかし、一瞬で俺の方に向き直って、同時に言う。
『違うわ』
二人のの影に入り、その女性は見えなくなった。
「あれはちんちくりん」
冴島さんがそういうと舌をだしてみせた。
「ちんちくりん?」
中島さんが慌てて訂正する。
「先行してここを調査している除霊士の人よ。たしか名前は……」
すると突然、中島さんと冴島さんが引き離され、そこからさっきの女性が現れた。
女性は、すっと手を差し出してくると、言った。
「橋口かんなよ」
「影山です。よろしくお願いします」
そう言って俺は握手をした。
「あら、ミドルネームが抜けているわよ。はしぐち、ちんちくりん、かんな」
「あなたのミドルネームを言っていいのかしら、冴島”貧乳”麗子さん」
そういうと、橋口さんはおもむろにコートを脱いだ。
そこには立派な乳房がついていた。これだけ胸があれば、太って見えたのも無理はない。むしろウエストはクビレている。
俺は感動した。
「すごい!」
俺のその声をきいてか、橋口さんは勝ち誇ったように腰に手を当てた。
「お、俺、生というか3Dというか、漫画やアニメ以外で『乳袋』を見るのって初めてです!」
冴島さんは額に手を当ててつぶやく。
「良かったわね、カンナ、あなたが初めての人らしいわよ」
「ようやく私の勝ちを認めたか」
冴島さんの顔を見てニヤリと微笑んだ。
「橋口さん…… あの、俺、さわってもいいですか?」
「ばっか、何言ってるの!」
冴島さんが真っ赤な顔をして怒りだした。
「初めて会った人に対して、『乳袋』発言から含めて今まで全部セクハラだかんね」
「冴島さん、初めて会った、という条件はいらないです」
メガネを指で直しながら、中島さんがそう付け加える。
俺は空中に指でカーブを描きながら言った。
「この下乳がどう服を巻き込んでいるのか、謎だったんです」
「だからなに言ってるの」
「いいわよ。触っても」
『えっ?』
と、俺と冴島さん、中島さん、三人の声がシンクロした。
「で…… では…… えんりょなく……」
俺は震えながら手を伸ばしていた。
すると、冴島さんがすっと、手を横に動かす。
「やめなさい」
俺は手を引っ込めて気を付けの姿勢をとった。




