(43)
美紅は自身の艶のある赤い唇を隠すようにマスクをしてから、その掃除機を受取る。
「そこらに居るのから集めていくか」
「はい」
スイッチを入れる。掃除機についているカウンターがみるみる上がっていく。
「こ、この調子だと破裂……」
男は美紅の様子をみて掃除機の本体を触る。
ダイヤルをカチカチと回していく。
まわす度に音がドンドン大きくなる。
「入っていた霊が抜けて……」
「少しフィルターを荒くした。この数だ。低級霊は見逃そう」
「はい」
しばらく歩くと道路を警察が封鎖している。二人は脇道に入って、掃除機のスイッチを切った。
男は住宅の塀を上り、そこで手をのばす。美紅はまず掃除機を渡すと、次に自らも壁の上に上がる。
男は掃除機を持ちながら塀の上のスルスルと移動していく。
小さく声が聞こえてくる。
「巡査長。この首に付けるシールは何なんですか?」
「つけろとの命令だ。疑問を持つな」
「気味悪いんですけど、外しても……」
「意味を言わなければ」
別の男の声だった。
「サカキ警部補!」
「意味を言わなければ従わないだろう。このシールの意味も伝えていたはずだが」
サングラスの男は聞こえてくる声に立ち止まった。
美紅は言った。
「(警察の会話ですよ。早くここを抜けましょう)」
サングラスの男は黙って息をひそめたままだった。
「このシールは霊に取りつかれないための魔除けだ」
「まよけ?」
「コンビニ強盗も、その犯人を射殺した警官も霊に取りつかれていた」
「サカキ警部補、それ本気で……」
「本気だよ」
サングラスの男はそこまで聞くと、塀の上の行動を再開した。
塀と塀を巧みにつたって警察の検問の裏を抜けると、そこからは塀を下りて何気なくそこを歩いていく。
美紅が掃除機のスイッチを入れようとすると男が言った。
「待て」
男は周囲を警戒する。
美紅もそれとなく周りを確認するが、何かに気付く様子はない。
「……なにいますか」
「おそらく除霊士だ」
「冴島……」
そう言って美紅は掃除機を構える。
「あら。除霊士は冴島だけじゃないのよ。忘れないで欲しいんだケド」
街灯のしたに人影が見えた。
その人影はかなり背が低くて、まるまるとした雰囲気だった。
「学生?」
美紅がそう言うと、サングラスの男は笑った。
「学生だとよ…… クッ、クククク」
「お前が黒い火狼ね」
街灯の下の女も、サングラスの男のことを知っているようだった。
サングラスの男が進み出ると、街灯の下の女が後ろに下がった。すると灯りに照らされ姿が見えてくる。
トレンチコートの内側に胸元が開いた紫のセーターを着ている。巨乳だったが、足は短い感じだ。
「”ちんちくりん除霊士”の『橋口かんな』だろ」
「ちんちくりんとはなんだ」
「みたまんまを言ったまでだ」
サングラスの男は笑った。
「そう…… 野生の火狼にはシツケがしつようってことネ」
女除霊士は、右手を高く振り上げ、そして、投げ込むように振り下ろす。
アスファルトに『パチィィィン』と音が響いた。
サングラスの男は見えていたのか、軽くバックステップをしてかわしていた。
「ムチ?」
「この掃除機と同じ仕掛けだ。当たれば霊を、霊力を抜かれるぞ」
サングラスの男は、腕を伸ばして美紅を下がらせた。
「ムチなんて、初めてみた」
「ばか、言ってないで逃げろ!」
黒い火狼が言った時は遅かった。
「じゃあ、体に味あわせてあげる」
再び、『パチィィィン!』と音が鳴り、美紅の足首に絡みついた。
「うわぁぁぁ……」
片足を鞭に引き込まれて、倒れた美紅は、そのまま電撃が走ったように体をくねらせる。
「霊力を抜かれるぞ!」
火狼がムチを手で掴む。
「うあぁぁぁ……」
掴んだ火狼は息を吐き出すように、うめき声をあげる。熱もないのに、ムチと接触した手からは煙が噴き出している。
「早く外すんだ」
美紅は苦しみながら、足首に絡まったムチの先を外す。
火狼は、ムチを掴んでいた手に右手を重ねる。
体を使ってムチを引きながら、女除霊士を睨みつけた。
「行けっ!」
火狼の身体から陽炎のように黒く空気が歪むと、煙が出ていた手のあたりにもそれが伝わる。
臨界を超えると、突然ムチが燃え上がった。
「なんだと! この鞭を霊的に燃やすなんて」
女除霊士は焼かれまいと、上下、左右に激しく鞭を動かし、火狼の手を外そうとする。しかし、火狼の力を振り切ることは出来なかった。
ふっ、とムチに伝わる力が弱まった。
火狼はとっさに指をまいて周囲にいた『犬霊』を取り込むと、走ってきた大型トラックに向けて投げつけた。
運転手はしびれたように全身が痙攣した後、憑かれたような表情で、女除霊士に向かってハンドルを切った。
「そうだ。そこに突っ込め」
火狼がそう言うと、トラックの運転手はさらにアクセルを踏み込んだ。
女除霊士はトラックの動きに気付いて、霊弾を撃つ先をトラックに変更する。
「間に合って!」
女除霊士が手を放すと、ムチは空中で細かく分解されて消えていく。
除霊士が撃った霊弾は、青白いビームのように大型トラックの運転席へ飛ぶ。
その青白いビームは車体を突き抜けて運転手の『犬霊』を破壊し、赤い光に変えた。
正気に戻った運転手はハンドルを操作し、ブレーキを踏み込む……
「間に合わない!」
女除霊士は宙を飛ぶように、後ろに跳ね退いた。ノーステップからの十五メートルの大ジャンプ。
大きなブレーキ音がしながら、タイヤが焦げる匂いがする。




