(38)
「この女狐めッ……」
「美紅さん、待って!」
俺も冴島さんの後につく。
階段を上る冴島さんの足が目の前でバタバタ動く。視線はそのまま膝裏、ふともも、と上がっていく。
「いてッ! 何するんですか」
「変なところで顔を上げるからよ」
「俺の方見てないでさっさと上ってください」
「また見たかっ!」
俺は顔を手で覆って梯子の途中で止まった。
ロフトの上から冴島さんの声がする。
「ちっ、小窓から逃げられた。これは確実に影山のせいだな。罰金をつけておこう」
「えっ、ちょっと勘弁してくださいよ」
階段から顔を出したところを踏みつけられた。
「だから、覗くなって! 覗きの罰金も加算するぞ」
その日は駅前のビジネスホテルに泊まった。翌日、俺はそのまま大学へ行き、授業を終えて家に向かっていた。
返り道を歩いていると、トラックが通りかかる。普段気にもしないが、その運転席に見覚えのある金属フレームのメガネの女性が座っていた。俺はトラックが通り過ぎて行ったあと、ハッと気づいた。
「あれ? 中島さん…… だよな?」
トラックが来た方には俺の家がある。
いやな予感がして俺は小走りに家に帰る。
階段を上がって、鍵を開けて部屋に入る。
「えっ……」
何もない。壁一面を覆っていたディスプレイも、キャベツと水を入れる冷蔵庫も。靴を脱いでロフトへ駆け上がる。
ロフト部分にあるはずの布団も枕も一切ない。
部屋から俺の持ち物はなくなっていた。
トラックに書いてある会社名が思い出される。
そうだ、あれ、引っ越し会社だ。俺はやられた、と思ってスマフォを開く。通知が来ている。
「そこにいるとトウデクア? だっけ、奴らがまたくるといけないから、引っ越しといたわ。引っ越し先の住所はここ」
俺は電車を乗り継ぎながら、住所の場所に向かった。
地下鉄を降りて、地上に上がるとすぐのあたりに大きな墓地が広がっていた。
「えっ……」
大きな墓地の反対側に、高層ビルがいくつか見える。その中の一つは、冴島さんの除霊事務所があるビルだった。
慌ててスマフォを確認すると、住所の家はどうやらこの墓地の真横にあるようだった。
もうあたりは暗くなっていて、墓地沿いの道には、ぽつぽつと灯りが点き始めた。
墓場に見える卒塔婆が動いたように思えて、俺は周りを確認する。
その付近の地面に黒い影が動く。大きさからしてネコかなにかだろう。けれどそうじゃなかったら……
俺は小走りに住所の家に向かった。
小さな屋根付きの駐車場と、二階建ての家が建っていた。
表札には、『冴島』と書いてある。
「えっ、ここ、冴島さんの家? タワーマンションとか、ホテル暮らしなんだと思ってた」
誰にいう訳でもなくボソボソとそう言うと、俺はメッセージを入れた。
『着きました』
「……」
『今出るね』
メッセージは、中島さんからだった。
しばらくすると、玄関の明かりがついて、鍵が外れる音がして、扉が開いた。
スウェットを着た中島さんがひょい、と現れた。
「荷物はもう運んであるわよ」
「あれ、ここ冴島さんの家なんじゃないんですか?」
俺は表札を指さした。
「そうよ。私も、冴島さんの家に居候しているの。あなたも今日からお仲間ね。ほら、入ったら?」
「失礼します」
俺は外の門を開け、家へ入った。
入ると、二階へ続く階段があり、横にはまっすぐ廊下があった。中島さんは廊下を進んでいく。
俺はそれについて行くと、そこは居間だった。
「俺のディスプレイ!」
中島さんは、ソファーに横になりディプレイに大写しされているニュース番組を見ていた。
「ああ、ここに設置してって言われてたから」
「ちょっと待って、これ俺のですよ?」
「いいじゃん。無くなったわけじゃないんだから」
俺はディスプレイに駆け寄って配線を確認する。
チューナーではなく、俺のパソコンに繋がっている。
「あっ! 俺のパソコンも。俺のパソコン勝手にテレビ代わりにしないくださいよ」
「だから…… いいじゃん。ここで暮らすんだから」
「……」
今頃になって俺は気が付いた。
パソコンをつないでテレビを映しているということは、俺のパソコンにログインする必要がある。
けれどPCはパスワードでロックはかけていた、はずだ。
「あの、つかぬことをお聞きしますが……」
「ああ、パスワードは推測できるようなものをつかっちゃダメね。今回私痛感したわ」
「うっ、やっぱり」
「ハードディスクに保存してあるエロコンテンツも見つかっちゃったわ」
俺は頭を抱えた。
「えっ、隠し属性にしておいたのに!」
「隠し属性にしたんなら、『隠し属性のファイルを表示する』、ってオプション外しとかないと意味ないわね」
「うぉぉぉぉ……」
俺は立ち上がって中島さんを指さした。
「プライバシー! プライバシーの侵害だ!」
「冴島さんには黙っておくから」
「何を黙っておくって?」
廊下の方から声がした。
ほどなくスーツ姿の冴島さんが現れた。
「ああ、影山くん。来たわね」
「あの、聞きたいことがいろいろと」
冴島さんはキッチンの方に入って、コーヒーメーカーに豆を入れている。
「なにが聞きたい?」
「どうして引っ越し……」
急にコーヒーメーカーがものすごい音を立てて豆を挽き始めた。
俺は大声で言い直した。
「どうして引っ越ししなければならないんですか?」
「あなた、あの連中に狙われているからよ」
「いきなりすぎますよ」
「いそがないと、今度は前みたいに紳士的にやって来ないわ。必ず強行してくる」
急に豆を挽く音が止まった。
「そうしたら、あんた勝てないでしょ?」
俺はうなずく。さすがにこのGLPだけでは戦えないだろう。




