(35)
俺は左手で影をつまもうとするが、その影は全く手ごたえがない。
「う~~」
目を凝らして、なんどかチャレンジすると、その影を掴むことが出来た。
『イタイイタイ…… はなせよ、はなせ』
「ねぇ、何やってるの影山くん逃げようよ」
中島さんは俺の背中の方に回り込んで服を引っ張っている。
「大丈夫ですよ。この霊、痛がってる」
腕からはがし終えると、つまんだ黒い影を林の方へ放り投げた。
『おぼえてろよ』
黒い影はぶるっと震えたように見えた。そして、スッと上昇して消えて行った。
「なに?」
中島さんが聞くので、俺は答えた。
「おぼえてろって、言ってました」
それを聞いて、中島さんは急に俺の背中をひっぱった。
「ちょっとまって、何か言ってたの?」
「ずっとしゃべってたじゃないですか?」
「霊の言葉がわかるの? さっきの黒い霊は影山くんの親族や知りあい、じゃないよね」
冗談だと思って、俺は笑った。
「まさか。霊に知り合いがいるわけないじゃないですか」
中島さんは手を振る。
「違う違う。親族や知り合いじゃない霊の言葉がわかるんだとしたら……」
「えっ? もしかして普通はあれ、聞こえないんですか?」
俺の袖を引っ張る中島さんの手が震えた。
「君、ちょっとヤバいかも」
「どういうことですか?」
「それは私もわからないけど……」
俺はGLPを付けると、林の先に気配を感じた。さっき黒い影が逃げて行った方向だった。
『おら、今度はさっきみたいにはいかないぞ』
木の幹から、スッと黒い影が現れた。
「えっ、また出た」
『若造じゃねぇか、こんなのにつままれたのか』
屋敷側に生えている低木の陰から、透明な空気のゆがみのようなものが現れた。
『いや、まてまて、なんかこいつ見覚えが……』
最初の黒い影の横に、かすかな炎の球が現れた。
中島さんがそれに気づいた。
「ひ、ひの玉…… に、逃げよう。やっぱりはいっちゃ行けなかったんだよ」
「見覚えって、俺のこと知ってるのか?」
俺が言うと、火の玉は木の幹に隠れた。
『ビビるなって。束になって襲えば』
『俺たちの』
『勝利だ』
『時計は俺のモンだ』
あっという間に多数の黒い影現れ、周りを囲まれた。
さっきの霊はなんとかつまんで投げることが出来たが、この数から、自分と中島さんを守れるとは思えない。
周りを見回して、一番数が少ない方向を探す。
「(逃げますよ)」
中島さんに小さい声で囁く。
小さく中島さんがうなずく。
「(あっち!)」
中島さんの手を引きながら走り始める。門から屋敷に通じる通路に出ると、そのまま門の方向に走った。
霊の群れも、俺たちを追いかけるように通路に出てきた。
「影山くん!」
俺はGLPを屋敷方向に構えた。
竜頭を回して『助逃壁』に合わせる。
十分に霊を引き付けると、龍頭を押し込んだ。
GLPから光る壁が飛び出し、霊をひとまとめに押しやりながら、屋敷の方向へ進んでいく。
「やった」
俺は中島さんの方を追いかけて、そのまま敷地から逃げ出した。
中島さんは門の横の扉のノブに紐を括りつけて固定した。
「これで、追ってこないかな?」
中島さんも、俺も息が切れていた。
「屋敷の外には出てこないですよ」
俺はなんとなく、この屋敷の壁や門があの霊を閉じ込めている、そう思っていた。
「なんでわかるの?」
「……なんとなく」
「楽観的すぎない? どっかに隠れたほうがよくない?」
屋敷の門の前の道の反対側に、俺が住んでいるアパートがある。
「よければ、そこ、俺のうちなんですけど?」
「えっと……」
頭からつま先までをジロジロ見られた。
「わかった。とりあえずなんでもいいわ」
俺たちは急いで道を渡って、アパートの階段を上り、俺の部屋に入った。
狭い玄関を上がって、俺の狭い部屋に入る。
暗い部屋に先に入っていき、灯りを点けた。
部屋の全体が見える。ロフトがあって、上るための梯子がかかっている。
中島さんがいきなり指をさして言う。
「……なにこのテレビ?」
「いや、別に。いろいろな用途に使うから、大きい方がいいかなって」
「部屋の半分、いや一辺を全部占めてるじゃない。せまくなるじゃん」
確かに端から端近くまでテレビがある。ただ、これはスマフォもつなぐし、パソコンもつなぐ。テレビも見れば、ネットも見る。映像はほぼこれで済ましているのだ。一人で済むにはのこりのスペースがあれば十分だ。
「あと、なんで雨戸閉まってるの」
「窓、開けたことないんで」
「向こうは何があるの?」
中島さんは雨戸に近づいて行って、内側の窓を開け始める。
「地図上から判断すれば、さっきの屋敷が正面に」
そう聞くと、体がビクッと震えた。
「やめとこっか」
「そうですね」
「……」
中島さんが上を指さす。
「寝床しかないですよ」
中島さんは口をゆがめた。
「なんかないの?」
「えっと、飲み物とか食べ物とかの話ですか? それとも椅子とか座布団とか?」
「どっちも」
「座布団はないので、俺のジーンズ出しますから敷いて座ってください。冷えた水ならありますよ。けど、食うもんはないです…… いや、あった。キャベツがあります。千切りにしましょうか?」




