(30)
「はい。電力設備に憑いていた霊は俺がやりました」
「停電があると、篠原さんがくるからね」
「!」
松岡さんの後ろで聞いていた篠原さんが、ハッとこちらをみた。
香川さんは気づいているのかいないのか、視線を動かさないまま言葉をつづけた。
「篠原さんが来て、怒られるのが嬉しかった」
「えっ?」
思わずそう言っていた。俺は怒られるのが楽しい、という意味が理解できなかった。
「本当は楽しいことを語り合いたいけど、篠原さんの声を聴けるなら、近くにいれるならそれで良かった」
「ああ、なるほど」
俺は香川さんが単なる『M』ではないと思って安心した。
「だから霊を買ってきて、電力設備のところに撒いた」
「それ、どういう意味?」
俺は思わず聞き返していた。霊を買う、とか撒く、とか初めて聞くような内容だった。
冴島さんは口に人差し指を当てた。
「影山くんは黙ってて」
「えっ?」
「後で説明する。はい、続けて」
香川さんはまだ同じところを見ていた。
「それでこのデータセンターは何度も停電して、何度も篠原さんが来た、ということです」
「えっ、じゃあ、サーバールームのゾンビは?」
「?」
すこし間をおいて何を言われたのかを理解したように香川さんは、慌てて手を振った。
「違います。サーバールームには何もしていません」
「……」
冴島さんは何か考えているような表情で、香川さんを見つめる。
香川さんはさらに慌てて立ち上がる。
「違います。何もやってません。信じてください。本当です」
「そんなに慌てなくてもいいのよ」
冴島さんはそう言った。
「影山くん、例の清掃員、今回は見なかった?」
「えっ…… あ、ちらっと見かけたような見かけてないような」
冴島さんが俺の胸倉をつかんでくる。
「何そのいい加減な発言。見たの? 見てないの?」
「見たんですが、見失いました」
「何で言わないの? それ、重要事項よ」
俺は手を合わせて頭を下げた。
「ごめんなさい。追いかけたら消えたようにいなくなってしまって。自分の見たものが信じられなくなっちゃったんです」
「……そうか」
「どうしたんですか」
冴島さんは俺を放すと、警察を呼ぶように言った。
どうやら、香川さんを器物破損や傷害未遂で警察に引き渡すようだった。
「自白すれば罪は軽くなるから」
「篠原さんでしたっけ? このデータセンターの社員さんですよね」
「はい」
松岡さんの後ろから返事が聞こえた。
「ここの清掃員の名簿、できれば顔写真入りのものを見せていただけませんか」
「えっとそれは個人情報保護……」
冴島さんは何もない空間で、片手でカーテンを開けるように手を横に動かした。
「至急用意します」
篠原さんが荷物の中からノートPCを取り出して、冴島さんのところに持ってくる。
「契約している清掃会社の顔写真付き一覧です」
冴島さんは画像をめくりながら確認している。
「ほら、影山くん。あなたが一番多く見てるはずなんだから、一番真剣にみなさい」
「は、はい」
何枚かめくっていると、テントにやってきたあの女性そっくりなひとがいた。
「これ、これです」
「七尾美紅…… ふぅん。まあ、名前とかは当てにならないでしょうけど、この情報は控えさせてもらうわよ」
篠原さんが首を横に振ろうとすると、冴島さんがまた手を横に払った。
「はい」
「けど、この前も『美紅』って名乗ってました」
冴島さんが俺の腹に拳を押し込んできた。
「いてっ」
「はい。ありがとう。じゃあ、電力設備の除霊だけするから案内してくれませんか」
篠原さんがノートPCを閉じて、言った。
「わかりました。案内します。こちらへ」
篠原さんを先頭に、冴島さんと俺と松岡さんがついて階段を下りて行った。
地下二階まで降りると、配電盤とその奥には非常用電源設備があった。
「あれ? なんか歪んでる」
俺は配電盤の一部が、有名なダリの絵のように、溶けたように歪んで見えた。
「歪んでいる…… とは?」
篠原さんが不思議そうに言った。
「気にしないでください。この配電盤は香川さんの証言の通り、霊を撒かれていますね」
「そう…… なんですか」
「警察の現場検証もあるでしょうから」
冴島さんはそう言うと、カバンから小さい短冊状の紙を取り出して、さっと筆で何かを書いた。
そしてそのまま配電盤に付けた。
「あっ、歪みが……」
俺はじっとその短冊を見た。そして上からそっと手を置いてみる。
「取ってみてもいいですか?」
「すぐ付けるならいいわよ」
俺は紙を取ってみた。裏にノリがついているわけでもない。
そして同じ場所に紙を付けてみた。紙が付けられ、配電盤のゆがみが正されることによって、その紙が接着しているようだった。紙がついている限りゆがみはないが、紙が取れればゆがみが戻る。
「へぇ」
「警察が調べるときまで、これははがさないでください」
「警察がきたらはがすんですか?」
「警察の人が剥がしてくれます。警察の調査が必要なんです」
「はあ」
篠原さんは不安げな表情を見せた。
「お札が貼ってある間は霊による停電はありませんからご心配なく」
俺は冴島さんの車で家まで送ってもらうことになった。
今回の事件で疑問に思っていることをたずねた。
「結局、ゾンビは何だったんですか? 香川さんが持ち込んだわけではないんでしょう?」
窓の外を見ながら、俺は香川さんの顔を思い浮かべていた。
「そうね。香川じゃないとすれば、清掃員が持ち込んだ可能性が高いわ」
「……なんのために?」
「最初に話してなかったっけ? このデータセンターを使っている企業が業績が下がってるって。たぶんライバル会社がそれを目的にしかけたんじゃないかしら」




