(28)
俺の言葉の続きを待っているかのような沈黙。
さっきまでとは別の汗が出てきた気がする。
「あの、なんのこと……」
「監視カメラの映像は見た…… 事実を言ってみろ」
なんでこんな強い口調なんだ。俺は考えた。香川先輩は篠原さんから酷い言葉で責め立てられていたじゃないか、俺が何をしたって構わないんじゃないか?
「えっ? 別に」
「……」
物凄い破裂音が聞こえた。おそらく香川さんが受話器を叩きつけて切ったのだ。
「どういうことだよ」
俺はそっと受話器を置くと、残りのハードディスクの交換をしようとサーバーの場所を探した。
ガツン、と音がして、明かりがオレンジ色のものに変わった。
「また停電」
一瞬立ち止まったが、俺はあきらめたように作業の続きに移った。
バシャーンと複数のラックの鍵が開いた音がした。
「まさか……」
俺はハードディスクをカバンに戻し、音のしたサーバー列を覗き見た。
扉が開き、青白い肌の動く死体がゆっくりと出てくる。
「き、来た……」
俺は神道と仏教を混ぜこぜにした、この国の一般的な宗教スタイルだったが、天井を見上げると、十字を切って手を合わせた。
「神よ……」
動く死体に天罰を与えてくれるのは、この国の八百万の神ではなく、仏様でもなく、キリストに違いない。俺は勝手にそう思っていた。普段の信仰もないのに、今祈れば何かしてくれる、そんな安易な考えだった。
再び、バシャーンとラックの鍵が一斉に外れる音がして、キィーっと扉があく音がバラバラ聞こえてくる。
唸るような声が聞こえてきて、生ける屍たちが徘徊し始めたことを悟る。
「量が多すぎる」
GLPの竜頭を回して、効果が分かっている『鉄龍』を選択する。そして竜頭を押し込んで投影された光から形成される杖を手に取る。
「これで復電まで耐えないと」
俺は電気が回復した時にすぐに出れるよう、サーバールームの入り口へ逃げた。
ゾンビたちは俺の影を追って、右、左に体を揺らしながら歩いてくる。唸り声が重なって、うねりのように聞こえてくる。
壁を背にして杖を構えた。
一体、二体、四体、と次第に増えながら、俺の方に向かってくる。
俺は寄ってきたゾンビの頭を突いた。
肉体が崩壊するように床に散らばる。口、目、歯、ボロボロの布、腐った肌…… 赤黒い液体も。
腐臭に鼻をつまみ、近づいてくるゾンビを杖で刺したり、叩いたりして対処する。
寸前でつかまれたり、噛みつかれそうになったり……
やっているうちに、杖が全体的に小さくなってくる。
「やばい、持たない……」
前もおなじようなことになっていた。その時は電気が回復するとともにゾンビは消え去ったが、同じとは限らない。間に合わなければゾンビになった俺は、復電とともに消え去ってしまうかもしれない。
杖が短すぎて、ゾンビとの距離を保てなくなってきた。
「神様……」
言うと同時に、爆発音がした。
何が起こったのか全くわからなかったが、見ると廊下側の壁が破壊され、穴が開き、周囲に破片が散らばり、粉が舞っていた。
「なんだ?」
「影山くん、生きてる? ゾンビに噛まれてないよね?」
冴島さんの声だ。
助かった!
「カマレテマセン!」
俺は声が裏返っていた。
「そう。よかった。もう少しの間、自分の身は自分で守ってね」
「えっ?」
壁の穴から、銀色の剣が飛び出してきて、そこにいたゾンビに触れた。ゾンビはそのまま霧のように分解した。
そして、冴島さんが身を屈めてそこから入ってくる。
左手には小さな短冊のようなものを持っている。
「おっと……」
いつの間にか俺の近くに寄ってきていたゾンビを鉄龍で叩き壊した。
ラックの扉が閉まる音がした。
「早く助けてください!」
「ラックを封印するから、それまでは耐えて」
「冴島さん、その剣を俺にください。この杖はもう小さくなってきて…… ヒッ!」
俺は慌ててゾンビに杖を突きさす。
床にはバラバラになった生ける屍たちの肉片がうごめいていた。
「この剣を渡したら、こっちがゾンビになっちゃじゃない。甘えないの」
「他になんか方法を教えてください」
壁の穴から、小さな影がすばやく入ってきた。
すると俺の目の前のゾンビが一体、砕け散った。
「的確に急所を狙えば、パンチでも倒せるよ」
俺の目の前に立った白髪の老人はそう言った。
「松岡さん!」
「影山くんを補助してあげて」
「はい、お嬢様」
松岡さんは、こう構えろ、と言わばんばかりに俺の方を向いてファイティングポーズを作ってみせる。
「いやいやいや」
相手がゾンビとはいえ、柔らかいわけではない。それなりのスピードで動くし、避けたりする。素人が急所を拳で捉えるなんて無理な話だ。
俺は小さくなっていく鉄龍で頑張ってゾンビを倒し続けた。最後は十センチ無かったのではないか。
目の前に、床一杯に俺と松岡さんが倒したゾンビの残骸が広がっていた。
冴島さんが、最後のサーバーラックにお札を貼った。
「よし、これでおしまい。サーバーラックは全部封印したわ」
「お嬢様、これで汗をお拭きになってください」
松岡さんが、冴島さんにタオルを持って行った。
その時、床で動くものが目に入り、俺はゾゾッと寒気がした。
「冴島さん!」
ゾンビの肉片が集まって、床に大きな口を形成していた。
その唇がパカっと開くと、集まれなかった肉片がその口の中に吸い込まれていく。
「うぇっ……」
もう俺の手の中にあった鉄龍は消え去っていた。
GLPで竜頭を回しても、『鉄龍』はグレーアウトして、選択不可状態だった。
「冴島さん!」
「わかってるわよ」
床の口がまた開くと、口の中に星空のような暗黒が見えた。
シューッと空気が激しく流れる音がして、俺はその唇の方へ引き寄せられた。
「助けて!」
足が口の中に落ちてしまった。そしてなす術もなく腰の辺りまで一気に吸い込まれた。サーバールームの床下に体が、いやサーバールームの床下ではないどこかの空間に体が入り込んでいた。俺は手でその大きな唇を掴んで、なんとか全身が吸い込まれぬよう、耐えていた。




