(27)
「!」
篠原さんはじっと見つめた後、ゆっくりとまぶたを閉じた。
これは、壁ドンからの……と言う展開としか思えない。
袖を軽く引っ張られ、俺は篠原さんの方へ顔を近づけていった。もう、何も考えていない、反射的な行動としか表現ができなかった。
その時、ガツンと音がして、電源が切り替わった。停電起きたのだ。
暗くなったサーバールームにびっくりして俺は正気に戻った。
「停電です。もしかしたら……」
俺の言葉に、篠原さんが反応した。
「あのとき見たっていうゾンビが出るってこと?」
俺はうなずいた。
あのときもきっかけは停電だった。サーバーラックの扉が開き、そこから……
俺はあの時の音、ラックの扉のバネが弾けるような音を待っていた。それがゾンビが出るきっかけのはずだからだ。
しかしいくら待ってもそんな音はしない。
「怖い」
暗さに耐えきれなくなったか、ゾンビなど出ないと思ったのか、篠原さんは俺の首に手を回して抱きついてきた。
「怖くて震えが止まらない」
押し付けられる体を感じると、俺の中で無意識に熱くなるものがあった。
どうしよう、俺は……
バンっと音がすると電源が復旧した。
一気に明るくなり、俺はそっと体を遠ざけた。
「……」
篠原さんも何か気まずいような目で俺をみてくる。俺は逃げるようにその視線を外した。
しばらくサーバールームを歩いて回ったが、どちらが言い出すわけでもなく監視室へ戻っていた。
俺はバイトに戻り、サーバーの点検をし、レポートを作成し、提出した。
篠原さんは俺がサーバー点検の為、監視室を出ると同時に帰っていったらしい。
正直、俺はこの篠原さんが悪霊に憑かれていて、そのせいでサーバーラックからゾンビが出てくるのだとと思っていた。それなのに一緒にサーバールームにいるときにゾンビは出なかった。あの時の手首の違和感も今日は全く発生していない。
建築現場のバイトのとき、やはり同じように女性に気に入られた。そして、その女性が悪霊に取り憑かれていたのだ。取り憑かれている女性は、本能的に除霊をしてくれると思って好意を寄せてくるのだ、俺はそう思っていた。
しかし今回は全くそういう気配はない。だとしたら、何故俺がモテるのか理由がわからない。ごく普通の平均的かそれ以下の人間がモテる訳は何なのか。
突然、スマフォが振動した。
俺は急いで休憩室へ出て電話を取った。冴島さんからの電話だった。
「冴島さん。なにか用事ですか?」
「そっちの状況はどう? 怪しい人物はいた?」
「……」
「どうしたのよ?」
俺は思い切って尋ねてみることにした。
「冴島さんから見て、俺ってどんな男ですか?」
「突然電話で何言ってるの? 頭に虫でも湧いたの?」
そんなことを言われるのは百も承知だった。俺はつづけた。
「あの…… 冴島さんからみて、俺がモテる理由、なんかありますか?」
「はぁ? もしかして、あんたまたバイト先の女をたらしこんでるの? いい加減にしなさいよ。そのバイトに送り込むのだって費用かかってるんだから、そのバイトで女くどくなら、送り込む費用はあんたに請求するわよ」
俺は数秒前の自分の決断を後悔した。
「いや口説いてません。なんでもないです」
「嘘、職場に女がいるんでしょ? そいつにサーバールームで壁ドンかなんかして。瞳を閉じてくるから、唇だけでもいただいとこうか。とかそんな感じ」
「……鋭い」
と、思わず口をついて出てしまった。
「何よ! 馬鹿にしないでよ。請求するから本当に。それと、さかのぼって前回のキャンプ道具も費用請求するから、覚えときなさい!」
「えっ、そんな、ちょっと、待って!」
と、言っている間には通話が切れていた。
俺は来月の生活を頭に思い描き、想像上の空腹で体が震えた。
次の勤務の時、俺がデータセンターに着いて準備していると、香川さんが遅れてやってきた。
「あ、香川さん」
「影山。お前、前回の勤務の時……」
香川さんは暗い表情で、そう言った。
その時、別のバイトの人から声がかかった。
「おい、影山、5台ほどハードディスク壊れたから、サーバールームに行って早く交換してきてくれ」
俺は香川さんに軽く手を合わせ、
「ごめんなさい。後で話聞きますから」
「ああ。いいよ」
俺は急いでハードディスクを準備し、サーバールームへ移動した。
最初のサーバーラックを開けた時、俺はGLPを着けている手首の違和感に気付いた。
「あれ?」
今は別段なんていうことはない。ただの〇ップルウォッチのまがいもののようにみえる、GLPで間違いなかった。だとしたら、違和感はいつあったのか。
「……」
香川さん、香川さんに対して反応したのだとしか思えない。
香川さんに何か霊的な様子は見られないが、これから何かあるというのだろうか。
ハードディスクを交換し、レポートにメモし、ラックを閉めた。後4台だ。
サーバー列の端に行き、該当ラックのカードを当てる。
バシャン、とバネがはじけるような音がしてそこへ向かう。ラックの扉を開けて、どのハードディスクが壊れたかを確認し、紙に書き写し、ハードディスクを交換する。レポートして、ラックの扉を閉める。
「ふぅ……」
正常なディスクを抜かないこと。正確にレポートに書き残すこと。発生から30分以内に交換を終えること。それらが少しプレッシャーになって、寒いほどのサーバールームで、俺はほんのり汗をかいていた。
その時、プルプルプルプル…… と固定電話の音が鳴りひいびた。
サーバールームに電話器があったか、あまり正確に記憶していなかった俺は慌てて音のする方に動いた。
「これか」
電話を認識した後、果たしてこれに出ていいのか悩んだ。サーバーメンテの為に技術者が入ることがあり、その人はここに入る前にスマフォ・携帯を預ける必要がある。その人たちが使うためのものじゃないか、と思ったからだ。
俺はあたりを見回し、そういう技術者がいないことを確認する。
「はい」
「影山か?」
香川さんの声だった。
俺は思わずGLPの表示を確認した。
「はい」
GLPには何の表示もない。違和感も感じられない。
「お前、篠原さんと何してたんだ」
「えっ?」




