(25)
ガシャガシャ、と何度ひねってもビクともしない。近くのゾンビがもう手を伸ばせば届くところに来ていた。
「あっちいけ!」
俺はまっすぐ足を突き出して動く死体を押し戻すように蹴った。
動く死体はよろよろと左右に揺れながら後ずさりしていく。もしかしたら、これで何とかなるかも。俺はもう一体にも同じように蹴りをかました。
「うわっ……」
今度は調子に乗って強く蹴ったせいか、動く死体の腹を蹴り抜いてしまった。抜けなくなった足を、ゆっくりと動く死体の手でつかまえられてしまう。
ひっくり返りそうになりながら、俺はGLPの竜頭を回していた。
「何か役に立つもの……」
ただ役に立つのではだめだ。そこに死体がいるのだ。間違ったものを出している時間はない。
「あっ」
俺は思い出して竜頭をクルクル回して合わせた。そして竜頭を強く押し込んだ。
GLPから煙のようなガスが吹き出しているように見えた。いやGLPであるからには、これはガスではなく霊気なのだ。霊気を通すと向こう側にいるゾンビ達が歪んで見える。
歪みが急に収まった時、俺はそこに手を伸ばした。
「来た!」
確かな手応えがあった。
「いくぜ『鉄龍』」
俺の手には綺麗な細工が施してある鉄製の杖が握られていた。
素早く突きを繰り出すと、俺の足を押さえていたゾンビが崩れていった。
単純に叩いただけの力ではないな、と俺は思った。何か霊力が加わっているのだ。行ける。
俺は積極的にゾンビを突きに向かった。ゾンビは床にどんどん崩れていき、床を埋め尽くしていった。
暗い上に崩れたゾンビの体が足に掛かって、歩くことも困難になってきた。
動く影が減ったな、と思った時、ふと手に持っている『鉄龍』の状況に気付いた。
「まずい……」
『鉄龍』が短くなっているのだ。推測だが、霊力をすり減らしてしまったのだ。サーバールームの電気が回復していない今、外に逃げれないこの状態で『鉄龍』を失うのは死に直結する。
とにかく、温存しないと。
俺は再びサーバールームの出入り口。監視カメラの下に戻った。カードリーダーも監視カメラも電源は戻っていない。
俺は扉を叩いて廊下側に音を伝えることにした。通りかかった人が気づき、開けてくれるかもしれない。
「誰かっ」
ドンドン、と扉を叩く。扉を叩く手が赤くなっているのに気付いた時、突然、電気が復旧した。
「?」
足もとに転がっていた動く肉片が、氷が溶けてなくなるように透明な液体となり、どこかへ吸い込まれるように消え行った。
「なんだったんだ?」
俺はとにかくカードを操作し、サーバールームを出て監視室に戻った。
「先輩、大変です……」
見ると、部屋の中にスーツを着た正社員らしい人が三人いた。一人の男は腕を組んで黙っている。もう一人の男は議事録を取っているのか、誰かが話す度にノートPCのキーボードをたたいている。最後の一人は女性で、怒りをあらわにしている。その女性の前に、先輩が正座している。
「なんで最初の停電時に連絡しないの。あなたが先輩なら、停電後はあなたが行くべきでしょう」
「すみません」
先輩が頭を床に擦り付けそうなほど下げ、謝っている。
「なんでそんな判断もできないの。ここ最近同じことの繰り返しよ」
女性は自身の手帳を取り出して、赤くしるしをした日付を叩いて数えた。
「すみません」
また叩く。
「すみません」
「何度も謝らなくていいの。言われたことを直しなさい…… あれ?」
スーツの三人が俺の声に気付いて、一斉にこっちをみた。
「すみません。サーバールームを見てきたんですが、あのゾンビが出まして」
「はぁ? 何寝ぼけたこといってんの?」
「本当です。動く死体。生ける屍、リビングデッドってやつです」
「あなたが新人ね。まったくサーバールームで寝ぼけたことしないで」
俺は監視カメラの映像を映しているモニター前に行き、リモコンを操作した。
「……」
「早く見せなさいよ」
俺は再生方法を教わっていなかった。
「先輩どうするんでしたっけ?」
「……やめろ影山。言い訳なんか。俺が怒られれば済むことなんだよ」
「映っているはずなんですよ。俺、スマフォで照らしたんだから。再生方法を教えてください」
先輩は俺を両手で押して、カメラの前から離れさせた。
俺が持っていたリモコンを取り上げ、言った。
「休憩室で休憩してこい」
物凄い形相だった。
「篠原さん、すみませんでした」
先輩はスーツの女性にそう言った。
「香川くんはカメラ映像を確認しなくていいのね?」
「はい」
先輩は手で俺を追い払うようなしぐさをした。
俺は黙って監視室を出た。
「あれ?」
監視室を出て、休憩室に向かうところで手首の違和感にきづいた。どうやらGLPが何か反応していたようだった。
「そういや、これって」
GLPが反応するのはこれが初めてではない。工事現場の警備のバイトの時も、トンネルの時も、何かGLPが察知しているような気がする。もしかすると、あの中に霊を導いた人間が、いや内在させている人間がいるのかもしれない。
俺は休憩室に入り、ソファーに体を預けた。
「誰だろう……」
鬼気迫っているとすれば、あの篠原さんとかいうスーツの女性だ。あんなヒステリックに怒っているのは尋常じゃない。それを他の二人も止めるわけじゃない。女性の霊の力で、二人の男は押さえつけられているのかもしれない。
そんなことを考えている時、休憩室の扉が開いて男の人が入ってきた。
「!」
俺は、扉の先の廊下に清掃作業員を見つけた。
「あの時の!」
慌ててソファーから立ち上がり、扉を再び開けて清掃員が行ったであろう方向を追った。
建築現場でも、トンネルの時も現れた。間違うわけがない。
通路の突き当りに来て、左右を見回すが動く者は見当たらない。
見失ったか。俺は一か八か、右の方向へ進んだ。
その廊下は、どこに通じている訳でもなく、行き止まりになっていた。
何もないわけではなく、パイプスペースに通じる小さい金属の扉があった。
「?」
懸命に壁を見回したが、不審な部分はなく俺は休憩室に引き返した。




