(22)
「人形だけど、おじいちゃんの霊はやどっているのかもネ」
「えっ、あっ、それ、本当ですか」
「ここは『冴島除霊事務所』であることを考えれば霊の宿る人形がいてもおかしくないでしょう?」
俺はうなずいた。
おそらく錫杖が鳴ることを計算して、まるでおじいさん本人であるかのような前ふりをしたのだ。
「次のバイトの話に入る前に聞きたいことがあるの」
「なんですか?」
俺は冴島さんの正面に座った。
冴島さんはタブレットを操作してから、俺の方に向けて見せた。何かのニュースサイトのようだった。
記事には『一家で失踪か』と書いてある。
「この記事、今はどこを探しても掲載はないの。たまたま画像で保存していたからあるんだけど」
「一年と二か月ぐらい前ですか…… ちょうどそれくらいより前だと、俺、記憶がないんで」
「えっ?」
シャリン、とまた錫杖が音をたてた。
「記憶がない? うそでしょ。っていうか、もっと記事をよく読んでみてくれない?」
冴島さんがタブレットをグッと近づけてくる。
どうやら、ある企業の社長一家が、一度に消息を絶った、という話らしかった。社長をしていた企業が、社長交代をした後に記事が書かれている。どうやら、その一か月ほど前に消息を絶ったという事だ。
この一家の話がどうしたというのだろう。
「はい。読みました」
「何か覚えはない?」
「いえ。何も…… しかし、これってちゃんとした記事じゃなくて、ネットの掲示板じゃないですか。俺、アイドルとか女子アナの記事ぐらいしか興味ないし」
冴島さんは俺のおでこをパチンと指ではじいた。
「ほんとに、役に立たないわね」
「記憶がないんでしかたないでしょう?」
「一年以上前の記憶がないのに、大学ではどうしてるのよ?」
俺はため息をついた。学校で何度も聞かれた話だった。
「いや、勉強した内容は覚えているんですよ。出来事を忘れてしまっただけなんです。幼稚園でどんなことがあったとか、部活でどうしたとか、知識は残っているんです。何故だかはわからないけど」
「そう。じゃあ、今の影山くんに言ってどうなるものでもないかもしれないけど、この記事の消失した一家……」
妙に真剣で、暗い顔つきになった。
「なんですか、もったいぶって」
「影山っていうのよ。つまり、この消息を絶った人たちって、あなたの家族じゃないの?」
「えっ?」
また袈裟をきた人形の錫杖が、シャン、と音をたてた。
俺は目の前がみるみる真っ白になるとともに、思考できなくなって行った。
「あっ…… あっ……」
自分の状況も伝えられない。
体を支えることも難しくなってきた。
「どうしたの? どうしたの、大丈夫?」
冴島さんの声が遠くなっていく気がした。
気が付くと、目の前には低い天井があった。手を伸ばせば届きそうだ。
「気が付いたかい? もうすぐ病院につくよ」
横から松岡さんの声がした。そうか車の中だ、と俺は思った。
いつもなら助手席にいるはずだが、今日は俺が後ろのシートにいる。シートに横になっているのだ。
「俺、どうしたんですか?」
「詳しくは聞いてないんだけど、お嬢様と打ち合わせ中、突然立ち上がったかと思ったらフラフラし始めて、バタンと倒れたそうだ。もしかして、覚えてないのかい」
目の前がみるみる白くなっていくのは覚えているが、立ち上がったのは覚えていない。俺はなんで立ち上がったんだ?
「全部は覚えていないです」
「まあ、病院についたらそこらへんを正直に話しなさい。大丈夫。急患として診てもらうからね」
病院につくと、いろいろとここにくるまでの状況を聞かれた。
何を食べたのか、とか、具合が悪かったのか、とか。どうして倒れたのか、とか、そういうことを尋ねられた。
一つ一つ答え、体を触られ、MRIを通された。
それから点滴を打たれ、病室に入れられた。
「えっと……」
「栄養失調からくる貧血だね。ちゃんと食べるもの食べなよ」
そう言えば、ここ最近はキャベツしか食べていなったっけ。
「すみません。俺、こんな個室の代金払えないので、別の……」
「大丈夫。お金は車を運転していた方から預かっている。それにそもそも大部屋は空いてない」
「そうですか」
「焦ってもしかたないんだから。寝てなさい」
医者はそう言うと出て行った。
入れ替わるように看護師が入ってきて、点滴の速度をすこし調整し、何か具合がわるくなったらこれで呼び出せと言った。
「あと、トイレはここにありますから」
「……すげぇ」
「個室ですから。失礼します」
看護師が部屋を出ていくと、ほどなく退屈のせいか俺は寝ていた。
ノックの音で目が覚めた時、あたりは暗くなっていた。
「入るわよ」
そう言うと冴島さんが入ってきた。
俺は慌てて上体を起こした。
「わざわざお見舞いに来てくれるなんて」
個室に入院させてくれたことに加え、御見舞に本人が来てくれることに俺は感激していた。
「いいのよ。横になってなさい。早く回復してもらわないと、次のバイトが間に合わないわ」
一瞬、俺のことを気遣ってくれた、と思った自分が甘かった。
「……」
「全力で回復に協力するから。次の仕事は重要なのよ」
「……そんなことだろうと思いました」
「どうしたの? 説明するわよ」
「はい、なんでしょう」
俺はスマフォの録音機能を使った。
「今度はデータセンターでのサーバー監視のバイトよ。監視っていうのは本当に、現場でLEDがついているか、とか、バックアップ用のテープが終わったら交換するとか、故障したHDDの交換とか。物理的な監視ね」
ハードなバイトだな、と俺は思った。
「バイトのなり手がいないとか、サーバーが動かないとかですか?」
「どうもそこのデータセンターにホストを持っている企業の業績が悪いらしくてね。データセンター自体が呪われているんじゃないかって疑いがかかっているらしいの」
俺はデータセンターが呪われている、なんて考える経営者のもとでは働きたくないな、と感じた。
「誰がそんな疑いをかけたんですか?」
冴島さんは持ってきたリンゴの皮むきを始めていた。
「私よ私。除霊事務所だけど、経営相談もよくあるのね。複数の経営相談を受けているとき、ふと調べたら同じデータセンターだったっていうわけ」
俺の関心は経営相談の話ではなく、冴島さんの剥いたリンゴが俺の口に入るのかどうか、ということに向いていた。




