(20)
「すみません」
「ちょっと、責めているんじゃないの。質問に答えて」
いや、表情は責めているとしか思えない。
「本当に何を言われた訳ではないんですが、ちょっと言いにくい感情が発生してしまって」
「欲情したってことね。はいはい。じゃあ、知り合いかどうかは?」
冴島さんの怒っているような見開いた目が細くなった。まるでで、見下げたような、いや、軽蔑するような目つきになった。
やっぱり言わなければよかった。俺は後悔した。
「知り合いかどうかは、確信がもてません」
「?」
冴島さんは首をかしげて、まだこっちを見ている。もっと話せということだろうか。
「えっと、テントを張っていた場所で知り合った女性に似ている気がしたってだけです。まだ分からないです」
また冴島さんの表情が変わって怒りモードになった。
「じゃ、その女性とやらは、ついさっき知り合ったってこと? 建築現場の仕事の時も、事務の女の子とイチャコラしてたようだけど、仕事まかせるたびに女性と知り合いになるってどういうこと?」
「いや、あの、俺が積極的に女性に声かけているわけでは」
「当たり前よ。依頼した仕事中なのにナンパされたらたまったもんじゃないわ」
「お嬢様」
俺はびっくりして後ろを振り返った。そこに松岡さんが立っていて、冴島さんの黒い車がライトでこちらを照らしていた。
「……」
冴島さんの怒りの説教がぴたりと止まった。
「お二人とも車にお乗りください」
全員が車に乗ると、そのままトンネルを通った。
そのトンネルはごく普通のトンネルに思えた。昼間に通った暗闇のトンネルとは思えないほどだった。トンネルを出ると、俺は降りてテントを片付けた。それらの間中、冴島さんは後ろの座席でガラケーで電話をしていた。
帰る道中、冴島さんが食事にしましょう、というので、サービスエリアによった。
俺はサービスエリアのフードコートに入って、メニューを眺めている時に松岡さんから声を掛けられた。
「よろしければ」
松岡さんは両手でトレイを抱えていて、そこには銀色で半球になったカバーがかけられていた。
「え? 食事?」
松岡さんはうなずいた。
「食べます、食べます。ありがとうございます。開けていいですか?」
俺はカバーを開けると、中にはオムライスがあった。
「あっ、これ『地鶏親子のオムライス』ですか? あれって下り側のサービスエリアにしかないんじゃ?」
松岡さんはニコニコしているだけだった。
「ありがとうございます」
そのオムライスは非常においしかった。おいしいに加えて、わざわざ俺の為にあっちのサービスエリアから持ってきてくれたもの、という特別感がある。
松岡さんが電話してくれたのだろうか。いや、車のハンドルを握っていた松岡さんには、そんなことは出来ないだろう。もしかして、冴島さんが電話していたのはこれだろうか。
食べ終わって、車に戻ると俺は後ろを向いた。
「……」
「寝ていらっしゃるので、お声かけは」
「松岡さん、さっきのオムライスの件」
松岡さんは微笑みながらうなずいた。
やっぱり冴島さんが用意してくれたんだ、と思い、帰り道は感動しっぱなしだった。
残りの生涯でオムライスを目にする度、冴島さんの顔が思い出されるに違いない。
俺はそう確信した。
授業が終わると、学内の掲示板を見てバイトを探していた。テストの結果を考えると、バイトをしている場合ではないのだが、金がないとキャベツ生活だ。もしキャベツも買えなくなったら、俺って飢え死ぬしか無いのか。そう思うとぞっとした。
掲示板にはやはりロクなバイトがなかった。カテキョとか、どいつもこいつも、なんというか地道なのだ。俺が探しているのは、除霊士の手伝いの合間、つまり短期で出来て、ガッツリ現金の入る仕事だ。まあ、学生にそんなバイトをすすめる大学があったら、その方が怖い気がするが。
「あれ? そう言えばそろそろ振り込まれるんじゃね」
俺は、思わず声にだしてしまった。
なら探さずともいいか、と俺は思った。金が振り込まれているなら下ろせばいい。
俺は大学の学食につくと、振り込まれたバイト代を確認していた。
「あれ? オムライス代引かれてる……」
あの人らしい。いかにも冴島さんらしい。けど……
俺はスマフォに向かって叫んでいた。
「奢りじゃないの? ケチで、やさしい、いい人だけど、そこは、おごりじゃないの? ねぇ!」
学食の周囲の人々から変な目で見られたのはいうまでもなかった。




