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俺と除霊とブラックバイト  作者: ゆずさくら
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(2)

 俺はその列の後ろに並びかけて、廊下に出て立札に気付いた。『バイト希望者は列に並ぶ前に、入口で受付してください』と書いてある。

 俺は列の横を通り、列の行きつく先の扉の横に『受け付け入口』と書かれている扉を見つけた。

 ノックもせずにその扉を開くと、部屋の真ん中に机と椅子がおいてあるだけで、だれもいなかった。

 机には紙と万年筆がおいてあり、俺は勝手に『これだ!』と思って扉を閉めた。

 近づいて机の上の紙を見る。

 さっき列に並んでいた連中の名前が、リスト状に書いてあるに違いない、と思っていたが、紙には『契約書』と書かれて、読めないような小さな文字でびっしりと約款(やっかん)が書かれていた。

「並ぶ前に契約しろってことなのかな?」

 俺は少し悩んだが、腹が減っていたので、座って万年筆を手に取った。

「ここに名前を書けばいいんだろ?」

 紙に名前を書くと、トン、と肩を叩かれた。

「えっ?」

 振り返ると、白髪の老人がたっていた。 老人は座った俺と大して背丈が変わらないほど背が低かった。

「こちらが手付金になります」

 薄い茶封筒を手渡された。反対を向いて直ぐに中身の確認をすると、約束の金額の五倍は入っている。

「えっ、確か手付金は、五千円だったと思ったんですが」

「思ったよりバイトの人数が集まりませんでしたので、あなたが総取りです」

 老人はニヤリ、と笑った。

 その顔で、俺は()められた、と思った。

 軽い茶封筒を持つ手が震え始めた。

「ちょっとまって、俺は表に列が出来ているバイトに来たんです。外のと、このバイトは違うヤツですか???」

「心配ないですよ。同じです。あなたと外で待っている方には決定的に違う部分があって、そこが今回の募集の必須項目だった、という訳です」

「?」

「扉を開けるにも…… お気になさることはありません、お金には何も違いはありませんから」

 俺はよくわからなかったが、納得した。そうか。まあ、もう、ここまできたら、こっちだってなんでもいい。これで飯にありつける!

「とりあえず、お金はいただきます。すみませんが、俺、腹が減ってて」

 俺は頭のなかにオレンジ色の看板の牛丼屋を思い浮かべて立ち上がった。肉肉肉、白飯白飯…… とにかく腹が空いていた。現金を手に入れたのならば、俺の中の次なる優先度は食事だった。

「君、申し訳ないが、下でお嬢様がお待ちです」

 老人に肩を抑えられた。振り切るつもりはなかったが、老人の半端ない力が感じられる。

「えっ、あの食事の後じゃだめですか? 俺、三日近く食べてないんです」

 老人はため息をついて、携帯を取り出した。

「お嬢様。バイトの男は食事がしたいと申しておりまして…… はい。承知いたしました」

 老人は拝むように携帯を切ると、言った。

「お嬢様が食事に招待したいと言ってますが、いかがですか。当然、お代はいただきません」

 無料(ただ)ならいいか、俺はそう思った。




 黒塗りの高級ドイツ車が止まっていた。老人が俺に助手席に乗るよう指図(さしず)する。俺が乗り込むと、運転席に老人が座った。老人はルームミラーをちらり、と見ると言った。

「出発します」

 俺もルームミラーを見た。後部座席に、うっすらと人影が見えた。

 向こうも気づいたのか、俺の視線に軽く会釈をしたように見えた。

「……」

 俺も、少し横を向いて頭を下げた。

 何か直視してはいけないような雰囲気を感じていた。

 俺の生活では全く縁のない街灯の美しい通りをしばらく走る。そして、ゆったりとした車回しに入り、建物の入口で減速して車が止まった。

「さあ、着きました」

 俺は老人に突っつかれて車を降りた。

 老人は後部座席の扉を開けて、お嬢様が降りるのを待っていた。

 初めは黒いガラスで見えなかったが、スッと白い姿が立ち上がった。

 女性の来ている服は黒かったが、外に見えている顔や胸元、手足の肌は白く、透明感があった。

 髪は胸元まで伸びていて、内向きにすこしカールしている。

 居酒屋に来たあの女性だ。服は違っていたが、感じられる雰囲気が俺にそう言っていた。

 車から離れると、老人が車の扉を閉じた。

 見つめていると、女性と目があった。

『あなたがバイトの男』

 まるで耳が聞いているのではなく、直接脳が言葉を受け取ったように思えた。

 俺は首を振り耳のあたりを触ったが、何故そんな風に感じたのか分からなかった。

「どうかしましたか?」

「はい、いや、いいえ」

「お名前は」

「えっと……」

「ああ、失礼しました。わたくしは冴島(さえじま)麗子(れいこ)ともうします」

影山(かげやま)醍醐(だいご)です」

「……かげやま」

「どうかしましたか?」

「いえ、別に」

 そう言うと冴島さんの表情が戻った。 

「どくらい食べてないの?」

「み、三日」 

 その言葉に、クスッと笑った。

 俺は腹を立てるかわりに、その笑顔に惚れてしまった。

 老人が戻ってきて、先にオートドアを開けて入っていく。

「ここでごちそうするわ」

 どうやらここはホテルらしかった。大した知識がない俺でも、このホテルの名前には覚えがある。

 奥に進むと、VIP専用のエレベータに案内され、レストランのフロアへ一気に上がることが出来た。

 予約になっているエリアへと進むと、窓際の席に案内され、俺は冴島さんの正面に座った。

「なんでも好きなものを食べてください」

「……」

 給仕に手渡されたメニューには見たことも食べたこともないような名前の料理が並んでいた。

 俺は腹が減っていて、考えたり、悩んでいる暇がないので、とにかく肉とごはんを持ってきてくれるように頼んだ。

「ふふふ……」

 冴島さんが笑った。

「気に入ったわ」

「……」

 何が気に入られたのかは分からなかった。

 ただ、たったそれだけの言葉で俺はのぼせ上った。もしかしたら、俺はいま、猛烈にモテるのかもしれない。この金持ちで美人のおねぇさんに気に入られたのだ。この前の居酒屋のバイトだって、店長がとんでもなかった以外は由恵ちゃんと上手くいきそうだったのだ。年齢イコール彼女いない歴の俺にも、春が訪れたのだ。と、そんな妄想を始めていた。

 しばらくすると、再び空腹が強くなってきて、妄想をかき消した。

 冴島さんの方には順番に料理が運ばれてきていたが、俺の前には”おひつ”と塊の肉がやってきた。

 俺は、自分でお茶碗にご飯をよそると、給仕の人に肉を何枚か切ってもらった。

「まだ切りますか」

 俺は口に肉を入れながら、指を三本立てた。

 何回か、そんなやり取りがあった後、冴島さんが呆れた顔をして俺に言った。

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