(17)
「そんな馬鹿な」
俺のつけている○ップルウオッチのようなGLPには霊が見えるような機能はない。だとしたら、このスマフォで見える人影はなんなのだ。
「それに……」
かってにくる身体の震えが、俺に考えを言葉にさせた。
「なんだ、この圧迫感は。いるんだな。何かそこにいるんだろ?」
俺はもう一度スマフォを顔の前に持ってくる。小川と水車小屋が映っている。人影は見えない。
「どこだ、どこにいる?」
スマフォを右左に向け、何か映らないか確かめる。
『おい、お前は俺が見えるのか?』
とっさに声がする方を振り返る。向けたスマフォの画面には影は映っていない。
「!」
『ここだ』
とっさにスマフォを操作してインカメラに切り替える。
俺の首を締めている手が見える。
「くっ……」
その手をほどこうとして、スマフォを落としてしまった。
『俺に触れれるわけがなかろう』
確かに、首は絞まっていくのに、絞めている手に触れることができない。
「な、ん…… で……」
身体をくねらせ、後ろにいる何者かを振り落とそうとした。しかし、何も振り落とせない。そもそも重量を感じていない。どうにもならず、倒れ込む。俺は仰向けに空を見て、足をバタバタさせているが首にかかる手は外れない。
俺は不思議と、父、母の姿を思い出した。俺の頭をなでている父の笑顔。ただ顔はやたらぼんやりしてるな……
父も、母も口がゆっくり動く。しゅくふくされてる、おまえはしゅくふくされているんだ、確かそんなこと言っていた。
こんなの、もう何年も思い出したこともないのに。くるしい、もう死ぬ、そういうことなのか。死ぬ時に、これまでの人生が走馬灯のように思い返されるというが、これがそうなのか。走馬灯ってなんだか知らんけど、もっとたくさん思い出されるんだと思ってた。
『なんだと!』
「うぇっ……」
絞めていた手が外れた。
俺は息をなんとか始められた。スマフォを拾い上げた。その辺りにも、別の黒い影が映っているように見えた。最初の影以外にもいるということだ。それは自分の直感とも一致する。まずい。この場にはたくさん霊がいるんだ。殺されちまう。俺はそういう思いで必死で立ち上がり、走り出した。逃げないと……
早く逃げないと、この場にいるんだ。何か、霊がこの場にいるんだ。殺される。このままでは。なんだ、思考がまとまらない。
足が絡まりながら、この何もないひら地を走る。
このまま来た山道を使ってテントまで逃げる。それしかない、と俺は思った。
俺は必死に走って山道へつながる林へ入り、赤い布を目印に走った。
スマフォを向けると、黒い影は映っていない。もしかすると奴らは木々と人間を区別出来ないのだろうか。
膝に手をおいて呼吸を整える。山の影が伸びてあたりは暗かった。
何故俺を殺そうとするのかわからないが、もうかみくう村には戻れない。
畑仕事をしているおじいさんにも知らせないと、この状態の村に戻ったら大変なことになるだろう。
山道を歩いていると、おじいさんが下から登ってくるのが見えた。
「おじいさん! 大変な事が」
俺が話しかけると、おじいさんはこっちを睨みつけた。
「うるさい」
「話を聞いてください。かみくう村は今大変なことに」
「ああそうだ。リニアの工事でな。トラックを通そうとするし、通り道も近くにできるからな」
俺が引きとめようとしてつかんだ腕を振り切るように山道を登っていく。
「違うんですおじいさん、ひら地のところからたくさんの霊が」
「……」
おじいさんは俺の言葉に反応して立ち止まり、振り返った。
「ひら地じゃと」
「水車小屋のある小川が流れているあたりのことですよ。草も生えないひら地」
「……」
何か言いたげだったが、おじいさんは振り返って村へとあるき始める。
「とにかく今はだめです。もう少しあとにしないと」
「わしの村じゃ。わしの家もある。ひら地は通りすぎるだけだから問題ない」
「……」
俺がついていって、スマフォの映像を見せるしかないか、と考えた。さすがにあれを見れば納得するだろう。
俺が後をつけていくと、おじいさんは時折止まっては振り返った。
林を抜けてひら地に出る頃、俺はおじいさんの前に回り込み、手を広げて止めた。
そしてスマフォを取り出して、カメラのモードにする。
最初は林のなかや、山の方を見せ、影や何かが出ていないことを確認する。それが終わると、今度はひら地へカメラを向ける。黒い人影のようなものが映る。まるで人のように手足が動いているように見える。
「……」
「これが霊です」
俺が言うと、おじいさんはスマフォを払いのける。
「こんなもんゲームかなにかなんじゃろ」
「違います! 信じてください」
俺の制止を振り切ってひら地の中の道を進み始める。
スマフォで影を確認しながら、俺は一方でGLPの竜頭を回しお助け霊を探した。
「ん? 『助逃壁』ってあるぞ。これかな?」
「ぐぁっ!」
おじいさんが、首を絞められたかのように自分の首に手をかけている。
さっきの俺と同じだ。
GLPの上で指を滑らせ、おじいさんの方へ払う。
すると、光る一枚の畳ほどの大きさの壁が、スッと飛び出して、おじいさんをすり抜けて行き、ひら地に立った。同時に、その畳ほどの壁におじいさんの首を絞めていた影が弾き出されていた。
「おじいさん、大丈夫でしたか。これでわかったでしょう? いなくなるまで逃げないと」
「わしがかみくう村を捨てるわけにはいかんのじゃ」
俺はスマフォの画像を示す。
「これだけの量の霊を相手にそんなこと言っている場合ですか。早く逃げますよ」
「……」
肩をかしておじいさんを立ち上がらせ、山道の方を振り返ると、そこには霊の影がたくさん回り込んでいた。
「こっちの道を塞がれた」
俺がスマフォをかざしながら、逃げる道を探していると、おじいさんが俺の腕をとった。
「こっちじゃ」
「こっち? 逃げるところがあるんですか?」
「トンネルの方に下る道がある」
逃げる気になってくれたのか、おじいさんが指をさす。
「いきましょう」
「……」
「どうしたんですか? 逃げないと霊に殺されてしまいますよ」
おじいさんは、下を向いたまましゃべらない。
「はやく! 逃げますよ。ここにいたら助からない」