(15)
カメラで見られている。
俺は慌てて視線をスマフォに戻すが、そこにある素晴らしいものに反応する体を抑えきれなかった。自然と視線が泳ぎ気味になり、笑顔がぎこちないものになる。
「どうしたの?」
「え、い、いや別に…… ごめんなさい」
「変なの」
スマフォを縦にしたり、横にしたり、上からしたにしてみたり、下から上にしてみたり。どうやら背景が気に入らないようだった。
「なんか平凡な感じね。そうだ、あのトンネルをバックにしましょうか?」
美紅さんからそう提案され、俺はここにいる目的を思い出した。
「……そうですね。面白いかもしれませんね」
トラックが中で反転してでくるぐらいのトンネルだ。何か、不思議なものが映るかもしれない。俺はそういう何かを期待していた。
二人の顔の上に、トンネルのアーチがかかるような構図にして、写真を撮った。
「どう?」
美紅さんが、何枚か撮った写真をめくりながら俺に見せてくれる。
俺はそのスキにまた襟のあたりから中をチラチラと見てしまっていた。
その時。
激しいクラクションの音、ブレーキ音、土煙を上げながらタイヤが滑る音。振り向くと、大型トラックがトンネルから出てくる。
轢かれる。俺は美紅さんを押し倒すように抱え、地面をぐるぐると転がった。美紅さんが上になり、俺が上になり、土埃で体中が真っ白くなった時、トラックが完全に停止した。
「バカヤロー、いきなり出てくるな!」
それはこっちのセリフだ、と俺は思った。こっちからすれば、なんの気配もない状態から、トンネルから飛び出してきたのは、トラックの方なのだ。
美紅さんは土埃が入ってしまったのか、目をつぶって咳をしている。
「大丈夫ですか?」
美紅さんが咳をしながら頷く。
「轢かれるところだったわ。ありがとう」
トラックは再び加速をして去っていってしまった。
「一体どうなってるんだこのトンネルは?」
「確かめてみましょうよ」
美紅さんが、俺の腕を引く。
「危ないですよ、またトラックが飛び出てくるかも」
「トンネルの壁沿いに行けばきっと大丈夫」
俺はさっきのこともあるので、壁沿いにいけば大丈夫ではないか、と思う。
引っ張られるまま、俺は美紅さんの後についてトンネルへ入っていく。
暗くて、出口が見えない。
坂になっているとか、カーブルになっているとか、なぜあの距離なのに出口の明かりが見えないのかを確かめたかった。
とにかくトンネル内部を知りたくなって、俺はスマフォを取り出し、LEDを光らせた。
「あっ、それ、ダメ!」
美紅さんが振り返った。
その背後に、前髪のない、お面のような顔がいくつか浮かんでいるように見えた。
「早く消して!」
光が届く範囲にすべて髪の毛のない顔が、白目のない、いや、面の皮以外は何もないような顔がいくつも浮かび、こっちに向かってくる。俺は慌ててスマフォを操作した。
再びトンネル内に闇が戻る。
「い、今のは……」
俺を掴んでいる腕が震えている。
「見えた? 何か見えたのね?」
「美紅さん?」
柔らかいからだを押し付けてきた。しかし、トンネル内の闇で何もみえない。ただ柔らかくて、いい匂いがする、それだけだった。
「!」
俺は自分だけが気持ちよくなっていることに気付いた。
触れている体が、小刻みに震えている。美紅さんは恐怖を感じているのだ。
「助けて……」
「美紅さん、そこに何かいるんですか?」
「わからない、わからない、わからないの…… 助けて。ここから出して」
俺は腕を伸ばし、トンネルの壁に手を触れた。
「今来た方に戻ればいいはずです」
「たすけて……」
トンネルに触れている方とは逆の手を、美紅さんの肩に回す。
すこしずつ、ゆっくりと壁を伝いながらもどる。すると、その明かりが見えてくる。
「ほら、出口ですよ」
俺は美紅さんの方を振り返るが、美紅さんは両手で顔を押さえている。
「見えますか?」
「たすけて……」
俺は美紅さんの様子が変だと思いながらも、そのまま壁伝いにトンネルを抜けた。
一人で歩こうとしない美紅さんの肩に手をかけ、言った。
「ほら、もう外に出ましたよ?」
ぶるっと体を震わせ、美紅さんは顔を覆っている手を下げる。透きとおるような白い肌に、真っ赤な口紅の唇。内向きに軽くカールしたショートボブ。
美紅さんは自らの手をじっと見つめると、服の汚れでも気になるのか、腕や肩、胸、足を確認するように見回した。
「どうしたんです?」
「何かがかかったのかと思って」
「なんですかね?」
「蜘蛛の糸かなにかが……」
美紅さんはスマフォを取り出して何かを確認していた。
「あっ、ごめんなさい。急用を思い出して。私帰らないと」
「えっ? 歩いていくんですか? タクシーでも呼ばないとどこへも行けないですよ」
「……だ、大丈夫よ。あっちの先の道で、車で待ち合わせてるの」
美紅さんは、俺が冴島さんの車に乗せられてきた道の方をさす。
「せっかく車なら、こっちまで来てもらえば?」
美紅さんは首を振る。
「本当にごめんなさい。泊まるなんて言ってたのに」
「……あっ、それ、あの、本気にしてよかったんですか? 今は俺もバイト中なんでここを動けないけど、街に帰ったら会えませんか? よければ連絡先を……」
美紅さんは微笑みながら、手を振った。
「大丈夫。そんなことしなくても、また会える気がするわ」
「そ、そんな…… 俺がイケメンじゃないから教えたくないだけじゃ……」
美紅さんは俺の手を取る。
「私達の縁を信じましょう? ね?」
そして踵を返して、去っていく。
「さようなら」
俺が手を振ると、振り返って手を振り返してくれる。
俺は姿が見えなくなるまで見送った。
「はぁ…… なんだったんだ」