(14)
「はあ」
「あんたはこのトンネルのこと知っていてここにテント張ってるだろう? 違うか?」
「……」
俺は答えないことにした。
「トンネルの通行のしかた、知ってるんじゃないか?」
俺は首を振った。
「知らない」
ドライバーは俺を睨みつけた。
俺は降参したように両手を上げて言った。
「本当に知らないんだ」
ドライバーは首をかしげながらもトラックに戻りエンジンをかけた。
トラックは俺のテントをつぶすような勢いでUターンして、左の元来た道の方へ戻って行ってしまった。
「もう一回やったら通り抜けれたかもしれないのに……」
俺はそう言ってトンネルの方を見た。
トンネルの暗くて黒くみえる部分から、同じように真っ黒い粒子か何か、細かいものがふわふわと噴き出しているように見えた。
目をこすってもう一度みると、そんなふわふわしたものは見えなかった。
「さっきのは、なんだろう?」
俺はトンネルの方へ近づいていった。そう長くないトンネルなら出口側がみえてもよさそうだ。しかし、トンネルは曲がっているのか、のぞき込んでも暗闇しか見えなかった。
俺は〇ップルウオッチのような腕時計をトンネルの方向にかざした。
この前のバイトで経験したような、感じはまったくなかった。
「通り抜けられるんじゃないのか?」
俺は左の壁に手を当てながら、ゆっくりとトンネル内へ入っていった。
トンネル内には灯りがまったくなく、左手にザラザラとした感触を頼りにするしかなった。
しばらく歩くと、急に目の前に光が見えた。出口だ…… いや入り口に向き直ってしまったのかもしれない、と思いながらも壁に手を触れながらゆっくり進むと、トンネルの外に出た。
周囲は木々に囲まれ、森の中のようだった。俺がテントを張っていた場所とは全く違う。俺はトンネルを抜けることが出来たのだ。
スマフォを取り出し、念のために現在位置を確認しようとしたが、携帯電波がとどかないらしく、地図が表示されなかった。
周りから、水が流れる音が聞こえていた。おそらく川があるのだろう。もう一度入り口に戻って、トンネルの反対側に川がないか確認すれば俺が本当にトンネルの向こう側にでたのかわかる。
トンネルの壁を今度は右手で触りながら、奥へと進んでいく。やはり最初は向こうが見えないほど真っ暗だった。トンネルの中がカーブになっているか、坂になっているのかも知れない。
進んでいくと先に白く光っている出口が見えてくる。
俺は再びトンネルを抜けることが出来た。
今度はもとの場所にもどってきたのは疑いがなかった。自分の組み立てたテントが見えたからだ。俺はスマフォを使って地図を確認し、トンネルの抜けた先のあたりを確認した。
道の曲がり具合、小さいが川があるようで、たしかにさっき抜けた場所はトンネルの向こう側だったようだ。
俺はやったことをスマフォのメモに残した。
水を飲もうとテントに近づくと、テントにうっすらと人影が見えた。
貴重品は手持ちのバッグに入れいるから問題はないが。
俺はその侵入者に気付かれないよう、そっと近づいた。
「誰だ!」
テントの人影が、ビクッと反応した。
その後、ゆっくりと動きながら、テントから出てくる。
それは小柄な人物で、つやのある真っ赤な口紅をつけている。髪はショートボブで、内向きにカールしている。俺よりは上だが、アラサーまではいかない年齢ではないかと推測した。
「ごめんさい。ちょっと歩き疲れて、中で休憩させてもらったの」
休憩していたのなら、横になっていたはずでテントに影は映らないだろう。
「あれ? 信じてくれませんか?」
急に近づいてきて、俺の首の後ろに肩を回した。
「こんな素敵な男の人がいるなら、今日は私、ここに泊まっちゃおうかな?」
その言葉の一つ一つを発する時の、唇の動きに俺は見とれていた。
誘惑している。俺を誘っている。そういう気持ちが奥から湧き上がってきて、その女の腰に手を回しかけた時、手首に違和感があった。
「!」
急に飛び退いた俺を見て、女は首を傾げた。
俺の視線は唇にくぎ付けになっていた。
「どうしたの?」
声にエコーがかかったように俺の頭に何度も響いてきた。何だろう……
「私、美紅っていうの。あなた、お名前は?」
また手首に違和感があった。
「俺は…… 影山醍醐」
「かげやま、だいご、さんっていうのね。いいお名前ね」
そう言って口元に浮かぶ笑みに、気持ちが持っていかれそうになる。
また近づいてくる。首の後ろに腕を回してくる。そして、その魅力的な唇が迫ってくる。
「あ、あの……」
俺はその唇を迎え撃つように顔を寄せる。
触れるか触れないか…… すっと、顔を避け耳元に吐息がかかる。
「本当に泊まっていっちゃおうかな」
下半身に血液が集中していくのがわかる。
もう一度腕がその女の腰に回りそうになると、また手首に反応がある。
「!」
俺はまた飛び退いていた。なんだろう…… 工事現場の時にもあった違和感。
「なんなの?」
「あ、いや。その…… 俺、美紅さんとは知り合ったばかりだし」
とりあえず口から出まかせで誤魔化してみる。
「……まあいいわ。私もしばらくここにいさせて」
「疑うわけじゃないですけど、ちょっとテントの中を見させてください」
「あっ、そういうこと? 逃げたりしないから確かめてよ。本当に休憩させてもらおうと思ってきただけなのよ」
テントの中を確かめる。
物色したような様子もない。何か仕掛けているようでもない。
ただ、何かそれだけではないものを感じる。バッグやテントに何かが残っているような気がする。匂い、というか、ざらつく感じ…… いや違う。ホコリというか、チリなのか。
「影……」
俺がいうと言うとテントの中で何かが動いたようが気がした。
「どうしたの?」
「いえ。なんでもありません。それより、疑ってすみませんでした」
「いいのよ。疑うのも無理はないと思うから」
美紅さんはスマフォを取り出して、何か操作している。
「醍醐さん、あ、ごめんなさいね。影山さん、の方が良かったかしら?」
美紅さんは口元に軽く握った手を当てている。
「俺も美紅さんって、呼んでるんだし、醍醐でいいですよ」
「ありがと。ねぇ、醍醐さん。お近づきの印に写真撮ってもいいかしら」
スマフォのインカメラで並んで写真を撮ろうということらしかった。自然と顔が近づく。俺は、ふと目線を落とすと、少し開いた襟から白い膨らみが見えた。