(13)
「そんな食事で足りるんですか?」
「ああ。今日は少し量を抑えなければならないからね。君の方こそ、しっかり食事は出来ましたか」
「はい。地鶏親子のオムライスが食べたかったんですが、売り切れだったみたいで」
松岡が少し頭を下げたように見えた。
「それは残念でしたね」
「冴島さんは何を食べたんですか?」
「影山さんには申し訳ありませんが、その『地鶏親子のオムライス』ですよ。先に連絡をして取っていおいてもらったんです」
俺は膝に手をついた。
「……もうしわけない」
松岡さんが深く頭を下げた。
俺は手を振って言った。
「いえ、別に松岡さんが悪いわけでも、冴島さんが悪いわけでもないですから」
「……」
松岡さんが運転席、俺が助手席に座ると、車は走り出した。
何度も何度もトンネルを抜け、アップダウンを繰り返しインターチェンジを抜けた。下道は下道で、行ったり来たりするように急なカーブを曲がってくだっていき、同じようにカーブを曲がって上がっていく。
下道を走っているうち、辺りは夜になっていた。
道の両サイドが膨らんでいて、チェーン着脱場と書いてあるところに車が止まる。
「?」
「さあ、着きました」
俺はちらっとルームミラーで後ろを見た。
口元ではなく、冴島さんの頭頂部が見えた。頭を下げているのだ。
「影山さん。降りて手伝ってください」
「は、はい」
俺は車を降りると、松岡さんが車の後ろで手招きした。
「はい、なんですか?」
トランクを開け、荷物を下ろすようだった。俺はかなりの重量のバッグを下ろすと、軽く汗をかいていた。
「これなんですか?」
「君のしばらくの宿になるものだ。組み立て方は中に紙が入っている」
変に長いバッグだと思った。これは組み立て式のテントなのだ。
「こっちと、こっちのバッグは?」
「こっちが飲水と食べ物。そっちはその他キャンプ道具だ」
「お、俺ここでサヨナラですか?」
松岡さんは柔らかく笑みをたたえ、静かにトランクを閉めた。
「問題のトンネルはこの先」
指で示す方向を見ると、明かりもない山の中腹だった。
「えっ、まだかなり距離が……」
「申し訳ない。本来ならトンネルの近くまで行って下ろしたいところなんですが、お嬢様は他の予定があって」
「さっきリニアの建築現場を見るって」
「その前にあるところへ寄る必要が……」
「あとちょっとじゃん、お願いしますよ。この荷物を持って『あそこ』って指で示されたところに行けませんよ」
松岡さんは会釈をして車に乗り込む。俺は運転席に回り込む。
少しだけ窓が開いた。
「発車します。危ないですよ」
少し開いた窓から、後ろからの声も聞こえてきた。
「頼んだわよ。三日以内で解決するって答えちゃったのよ。食料も水も三日分しかないし。なんとかそれまでに調べてね。よろしく」
急に車が動き出し、俺は飛び退いた。
坂道を駆け上がっていく車のテールランプが消えると、本当にあたりが暗く感じられた。
俺は一つを背負い、二つ目をお腹側にかけ、長モノのテントのバッグを手に下げてあるき始めた。
初めのうちは道を照らすのにスマフォのライトを使っていたが、充電がなくなると思って、極力使わないようにした。次第に、道が見えるようになってきた。目がなれる、という意味ではない。変に明るく照らすものが一切なくなったせいで、月明かりがつくるコントラスト程度で道が認識できるのだった。
「腹は減ってないけど……」
汗だくになったので、ハンカチで顔や首を拭った。上着を脱いでバッグに入れることにした。
重い荷物を持って歩き続けるのは辛かった。
しかも、今、行程のどのあたりに達しているのかもわからない。目標の場所はまだ最初に指さされた時と同じぐらいの大きさに見える。テントのバッグを右が辛くなれば左手に、左も辛くなれば両手で、疲れたらしばらく休憩して、と進んでは止まり、止まっては進むようなペースで進む。
ようやくトンネルの近くまで歩いて、久々にスマフォを確認すると、一時間半も経っていた。
普通に歩けば六、七キロは進んでいるだろうが、いつもの半分ぐらいのペースで歩いたとして、三、四キロも歩いているかどうかというところだろうか。
トンネルの道の脇に空き地があり、ここでキャンプしろということだろうと思った。
ど真ん中にテントを張って、車にでもぶつけられたら嫌なので、端の方にバッグを置き、中身を確認した。
手回しの発電機や懐中電灯、飯ごうや寝袋が出てきた。
テントを組み立てようと懐中電灯でやり方を見ながら組むのだが、とにかく慣れていないせいで何をどうしていいのかがわからない。何度も試行錯誤しながら組み立てたときには、さっき確認した時間からさらに一時間が経っていた。
とにかく、なんとかテントを組み上げ、持ってきたものをすべてテントの中に放り込むと、俺は寝袋に入り込んで寝た。何も考える間もなく眠りについていた。
のどが渇いて目が覚めた。
テントの中は明るく、気温がかなり上がっていた。
俺は寝袋を抜け出すと、テントを出て外を見た。快晴。大きなペットボトルの水を両手で抱えながら口に含む。俺の体調的にはすがすがしいとは言い難かったが、風景的にはすがすがしい感じだった。
食料の入ったバッグからレトルトのパックと米、飯ごうやバーナーを取り出して、朝飯の支度をする。
たけたコメにレトルトの牛丼の具をかけ、レトルトを温めた水でインスタントコーヒーを入れる。
トンネルを呆然と見ていると、俺が元来た道の方から、土煙を上げて大型トラックが一台走ってきた。スピードからするとおそらく荷台は空。リニアの現場に行って、削った土砂をどこかに運ぶのだろうか。
ドライバーはスピードを落として俺の方をちらりと確認したものの、そのままトンネルへと突っ込んでいく。
しかし、数秒も立たないうちに、今度はトンネルからトラックが一台出てきた。
「通行できないんじゃなかったのか?」
俺はそう言って、不思議に思いながらも、トラックの行方を見ていた。
再び、俺が元来た道からトラックがやってくる。スピードから、荷台は空だと思われる。それにしてもさっき見たような車両だった。
走ってきたトラックの運転手が俺をちらっとみて、減速する。
「ん?」
どんどん減速して、トラックは俺のいる空き地の方へウインカーを出して曲がってきた。
排気ブレーキの音をたてながら車両が停止した。ドライバーは降りてくるなり、俺に尋ねた。
「お前、このトンネルのこと知ってるか?」
「……」
俺は答えなかった。
あやふやな情報しかなかったからだ。
ドライバーはさらに話した。
「入ったはずなのに、いつの間にか対向車線にいて、こっち側に向かってトンネルを出てしまった」
ドライバーは元来た道の方をさす。
「そのことに気付かずに、俺はあっちまで行った。あっちの分岐でようやくナビが表示しているマップの内容を理解したんだ」