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俺と除霊とブラックバイト  作者: ゆずさくら
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(12)


 


 清掃員らしい作業服を着てマスクをした小柄な女性が、業務用の少し大きな掃除機を持って部屋に入る。

 部屋の中には、タバコをくわえた男が立っていた。男は黒いスーツに、黒いネクタイをしていて、暗い部屋にも関わらず、黒いサングラスをしていた。

「建設中のビルにいた霊を回収してきました」

「ごくろうさま。あとは俺がやっとく」

 男のタバコは火がついているように見えるが、その火はいつまでも同じところで光っている。

「一つ報告があります」

 清掃員の姿だったが、聞こえてくる声は若々しく張りのある声だった。

「なんだ?」

 男は受け取った掃除機の吸い込み口を壁についている穴に差し込み、掃除機本体にある丸いスイッチをひねった。

 そして掃除機の電源を入れると、ものすごい轟音が始まった。

 しばらくすると壁の穴の上に『完了』と表示された。男は掃除機の電源を切る。

「ん? 報告があるなら早くいってくれ」

 清掃員の恰好をしたショートボブの女性は、マスクを取った。つやのある真っ赤な口紅が印象的だった。

「はい。今回の件は、冴島除霊事務所が依頼を受けていたようなのですが、その中に、影山という男が」

「影山?」

 何を報告されたのか分からない様子だった。

 女が補足をいれる。

「一年…… 一年半ぐらい前の事件の」

 その一言で男は何か思い出したようだった。清掃員の恰好をした女に詰め寄ると言った。

「えっ? 本当にそうなのか?」

「はっきりと顔は見ていないのですが。冴島はそう呼んでいました」

「とにかく確認しろ。不確かな情報を教祖様に伝えるわけにはいかん」

 男は掃除機を壁から外すと、本体の丸いスイッチを元の状態に戻した。

 掃除機を返されると、女は再びマスクをつけて部屋を出ていく。

 一人になった男は、短くならないタバコを吸って、煙を吐き出した。

「……影山家の生き残り、か」




 大学の帰り道、俺は財布の中身を確認していた。試験の勉強でろくにバイトできていないせいで、また飯に困るほど金がなくなっていた。札は尽き、小銭も大きいヤツはなくなっていた。探しても探してもアルミと銅のものばかり。まずい。今日はまたキャベツの千切りにソースをかけた飯で我慢しなければならない。

 駅のホームについたとき、突然スマフォがなった。『冴島』さんだった。

「もしもし。またお財布がピンチなんです!」

「うるさい! そんなこときいてない。今いる場所を教えなさい」

 俺は駅の名前を答えた。

「……松岡、影山が駅に ……そう。じゃあそこに来てもらえばいいわね。影山くん、そこの道をまっすぐ北にいくと、大通りに出るから、そこで待ってて。車で迎えにいくから」

「はい」

 何のことかわからなかったが、これで食い物には困らないだろう、と俺は思った。金はなくとも、飯はもらえる。

 言われた通りに大通りへ出て、車道に近い場所で待っていると、やたら飛ばしている黒塗りの高級車が止まった。窓が開くと冴島さんが叫んだ。

「こら! ぼけっとしてないで、早く乗りなさい」

 表情は極めて冷静だった。

 俺は慌ててガードレールを飛び越えて、停車中の車の助手席に乗り込む。

 ドアを閉めると、お腹がなった。

「……」

 ルームミラー越しに、こっちを見たのが分かった。

「すみません。お腹が減っていて」

「えっと、何か食べるにしても…… サービスエリアまで我慢できる?」

 俺としては食事をさせてくれるだけでうれしい。

 無言でなんどもうなずいた。

「松岡。食事が出来る最初のサービスエリアに入って」

「はい。お嬢様。しかし、三十分以上はかかりますが……」

 松岡さんは俺を直接みて言った。

「どうなの?」

「だ、大丈夫です」

「だそうよ」

「わかりました」

 松岡さんは白い手袋をシフトレバーにかけ、クンっと一つ下げる。すると高速道路の入り口を静かに、かつ力強く加速した。そのままスムーズに合流し、すぐさま追い越し車線へ。すべるような車の動き、静かな車内。

 後ろから、肩を突っつかれて振り向くと、冴島さんが、袋を差し出してきた。

「ひとつあげるわ」

「ひとつ、ですか」

 袋には古臭い漢字が書かれていて、手を出すのがためらわれた。

「ひとつよ。ひとつじゃ不満なの?」

「いえ。これ、俺みたいなヤツが、いただいていいものなんですか? 高いんでしょう?」

「……これはさっきコンビニで松岡が買ってきた飴よ」

 な、なんだよ。ひとつ、ってもったいぶるから……

「いただきます」

 もらった飴をなめているうち、左手にビール工場や競馬場が通り過ぎて行った。

 俺は肝心なことを聞いていなかった。

「そ、そうだ。これから、どこに行くんです?」

「リニア新幹線の建築現場よ」

 また建築現場に入っている警備会社のバイトなのだろうか。もしかすると、山の中で泊まり込みのバイト……

「どうしたの?」

「け、建築現場はもう……」

 俺は頭を抱えた。

「何言ってるの。そこは私達が見に行く場所。影山くんの仕事はトンネルの調査よ」

 ルームミラーをチラ見すると、冴島さんの口元が映っていた。

「トンネルの調査? ですか」

「幽霊トンネルってやつね。ちょっとやっかいで、通行者を脅かすんじゃなくて、通さないらしいのよ。入り口を見えなくしたり、空間をゆがめて入ってきた方に出ていくように仕向けたり。そのトンネルはリニアの工事に重要な道らしくて……」

「そ、それでリニアの建築現場にいくんですね」

「違うわ。単なる私の興味よ。せっかく近くまで行くんだから建築現場見てみようって」

 車は、最初のサービスエリアに向かって、ウインカーを出した。

 サービスエリアはかなり混んでいた。

 冴島さんは車に残り、俺は松岡さんにバイトの前金をもらって、フードコートの自販機の列に並んだ。エリアのあちこちに『地鶏親子のオムライス』と書かれていて、それを食べてみよう、と思っていた。俺が並んでいると、松岡さんがやってきて、フードコート内のキッチンに入っていき、しばらくすると大きな箱を受け取って、車の方へ戻っていく。

 ようやく順番が着た時には、『地鶏親子のオムライス』は売り切れになっていた。しかたなく、俺は普通のかつ丼のチケットを買い、出来上がるのを待った。

 トレイを受けとって、席でかつ丼を食べていると、再び松岡さんがフードコートのキッチンに入っていって、また箱をもって出て行った。

 食べ終わってお茶をのみ、ようやくとお腹が落ち着くとフードコードを出た。

 車に近づくと、松岡さんがすこし離れたところで、ハンバーガーを食べていた。俺は松岡さんに声をかけた。

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