(103)
「選択した? 何の為に?」
蘆屋さんがニヤリ、と笑った。
「……屋敷に貯められた霊は、利用されないように逃げ回る」
「さやか! 選択というのはどういうこと……」
さやかの指が、俺の口に当てられた。
次の瞬間、俺はさっきまで何を確認したかったのかを忘れてしまった。
「?」
「いい? 続きを話すわよ。逃げ回っている霊はなんとかこの屋敷を出る方法を考えた。それはこの屋敷を、玄関からどうどうと出入りできる存在になること。やつらは私が取り憑いている蘆屋さんを利用して、自分たちを閉じ込めている屋敷から抜けようとした」
「そ、それが反魂の術を使ってさやかを作り出そうとした理由」
「そうよ。私はここにいるのに。私を作ろう、なんてまやかしを言ってね。私が出来るなら、お兄ちゃんが反魂の術を拒否しない、と思ったのね」
「……」
「もしかすると、私が蘆屋さんの中に存在している、ということまでは分かっていなかったのかもね」
冴島さんは、人体に魂を保存する器官はないと言った。だとしたら、蘆屋さんのなかで、『さやか』はどこにいるのだ? 完全に蘆屋さんと一体化しているとでも言うのか。
「ここに?」
俺は蘆屋さんの頭を指さした。
さやかは一瞬、目線を上にしてから答えた。
「まあ、そうね。蘆屋さんの無意識だったり、空白の領域を利用させてもらっているの。幸い。私は長く生きてないから、それほどの領域を必要としないの。新しいことは、蘆屋さんの記憶よ」
「……さやか」
「怒ってるの? これは仕方ないことだから。おかげで、こうしてお兄ちゃんと暮らせるんだし」
「さやか! 蘆屋さんの体をこれからも使うというのか!」
「……本人には許可を得たのよ。お兄ちゃんに信じてもらえるかはわからないけど」
「……大丈夫。カゲヤマくん。大丈夫だから」
同じ体から別々の声が聞こえる。
「蘆屋さん……」
蘆屋さんが俺に倒れるように抱きついてきた。
壁に背を持たれていた俺は、そのまま壁に沿って横に倒れた。
「蘆屋さん……」
蘆屋さんは瞳を閉じていた。
そのまま、俺はどうしていいか分からなかった。
抱きしめ返していいのか、この唇に触れていいのか。いや、冴島さんが目を覚ましたら……
「?」
俺は気が付いた。
「蘆屋さん? もしかして、寝てる??」
ごろ、っと蘆屋さんが寝返りをうった顔を見て、俺の予想が正しいことが分かった。
それから数秒後、俺も眠っていた。
第1部 おわり