試練
朝の日差しが照らす中、大半が森でおおわれている渓谷では殺伐とした生存競争がなされていた。
「弱い」
「張り合いがないなぁ」
「余裕です」
大地御一行である。朝から魔獣狩り。先日のドラゴンとの戦闘で自分の弱さを思いしり強くなろうと決心したイリスとイリア。故に朝から元気がよいのである。大地は付き添いだ。
「さて、そろそろ休憩するか」
「さんせーい」
「あの、飲み物です。どうぞ」
ドラゴンのことがあってからイリアが妙に優しくなった。以前の彼女であれば飲み物など用意しなかったはず。それが今となっては完璧なまでにこなしている。そして大地を見るとポッと赤くなるのだ。鈍感な大地はなぜ赤くなったのか知るよしもなかった。
「さてと、じゃあ俺はちょっと出てくるから」
「どこに?」
「すぐそこだ。早めに戻ってくる」
「気を付けて行ってきてください」
「ああ、いってくる」
大地は岩穴に戻るや否やで外に出ていった。イリス達は何をするのかは気になったようだが、大地に来るなと言われているため見に行けなかった。
「さて、こいつの性能を確かめるか」
大地がこいつと呼ぶものは右手に握りしめられた銃であった。名前はバレット。魔力を使うことにより、超電磁砲のような威力を発揮する。秒速七キロで飛ばすことができる優れものだ。
「魔力量はこれくらいか。よし」
次の瞬間、ダンッという音が渓谷内に鳴り響いた。一瞬、青い閃光が走った。バレットの銃口からはシュゥゥゥと煙が出ており、その先はバキバキに吹き飛ばされた木が散らばっている。バレットの弾丸は木々を貫いていた。それがどこまで続いているのかわからないほど遠くまで飛んでいった。
「半端ねえな。無闇に使うのはよくないな。あのドラゴンもこの銃なら余裕で勝てたんじゃないか?」
あの時にこの銃を使わなかったのは銃を作ること自体初めてな上に失敗したら自分、もしくはイリス達に被害が及ぶかもしれないからだ。吸血鬼といえど血がなくなれば再生はできない。故にあまり無茶はできないのだ。
聞いたことのない音に驚いたのか、イリス達が飛び出てくる。
「大地。今の音は」
「魔獣ですか?」
「いや、なんでもない。さ、穴に戻れ」
適当にはぐらかしイリス達を岩穴へと戻す。この銃のことを話さないのは、大地に頼りきりになることを避けるためである。そうなれば、イリス達が成長できない、という大地なりの考えなのだ。
岩穴へと戻った大地達御一行は、森で採取した食糧を適当に食べ各自自由行動へとうつった。
自由行動とはいってもイリス達はただ大地を見るだけ。美少女に見守られている。この状況は、一般人であれば泣いて受けたいほどだろうが、生憎大地には迷惑きわまりないのである。何度追っ払っても戻ってくる。繰り返しているうちに無駄だと判断し、少女二人の視線を受けながら私事を済ませるのだ。
「あぁ、疲れた。なあ、イリア。俺たちがここに来てからもう何日になるんだ?」
「そうですね。およそ一ヶ月ほどです」
「もう飽きてきたね」
「そうだな」
そう、大地達はこの岩穴に住み始めてからはや一ヶ月。さすがに飽きてくる。なにもない岩の中で一ヶ月。むしろ一ヶ月もいたのだからすごい方である。
「場所変えるか」
「大地・・さん。その前に行きたいところがあります」
イリアはドラゴンとの戦闘のあと、何故か大地の事を名前で呼ぶようになった。さん付けで呼ばれるのは実にこそばゆい事である。
「あ、ああ。どこだ?」
「この、プティア大渓谷は世界四大試練の内のひとつなのは知ってますよね。なので今回はその試練を突破してみたいんです。せっかくここまで来たので」
「なるほど。悪くないな」
「試練にいくの。やったぁ」
思わぬ提案により三者喜びを隠せない様子。決して喜べるような提案ではないのだがこの三人は別である。イリスに至っては張り切りすぎて上級魔法を撃って森を半分ほど消してしまっている。
「じゃ、森の大半も誰かが消滅させちまったので、責任逃れも含めてここの試練突破して逃げるぞ」
「「おぉぉぉぉぉ」」
世界四大試練。それはこの世界で最も難しい試練のことで、場所は様々だが、その場所を収める魔獣を殺せば試練クリア。口で言うのは簡単だがそれらの魔獣、つまり、試練の場を収める四体の魔獣は「四の支配者」の異名をもつほど強力で、今までにその魔獣のもとに到達できた者はいるがなす術もなく倒された者しかおらず、今では処刑場として利用されている。
「しかし、俺たちで倒せるのか?この渓谷の支配者を」
「勝機はゼロに近いです。恐らく、森で出会ったあのドラゴンの数倍。底がしれません」
「大丈夫。私たちなら行ける」
試練に挑みに行くにしてはテンションの高すぎるイリスに呆れる大地とイリア。そして、勝機はゼロに近いときた。この三人の思考回路は少しどころか大分ぶっ飛んでいる。
若干温度差のある三人は渓谷を歩く。歩く。歩く。だが一向に試練の場が分からない。何しろ挑んだ人は数十年前が最後だそうでその人もすでに死んでおり、正確な場所がつかめていないのだ。それでもこの渓谷にあることは確かなので三人はただあるいた。すると終わりが見えてきた。
「おっと、どうやら渓谷はここで行き止まりようだな。おい、イリア。本当にここなのか?」
「この渓谷で間違いないはず。おかしいですね」
「あ、ねえ大地。ここ見て。なんかちっちゃい魔方陣みたいなのがあるよ」
「なに・・・んん。とりあえず魔力いれてみるか」
「何かのトラップかもしれません。気を付けて」
行き止まりで引き返そうと思った矢先、イリスが何かに気づいたようだ。どうやらこの壁に何かの仕掛けが施されているみたいだ。
イリアの言葉通り慎重に魔方陣へと近づき、そぉぉっと魔力を注ぐ。しばらく注いでいると、壁の一部が門状に光だし岩を引きずるような重そうな音をたて横にスライドし始めた。
いかにも試練といった感じだ。開いた扉の奧は階段になっており、幅がギリギリ二人分しかない。それは薄暗く吸い込まれそうだ。だが、大地達は夜眼のスキルで暗闇は通用しない。奥まで続くこの階段は、地獄に手招きをしているようだ。
「それじゃ、いくぞ」
「うん」
「はい」
意を決して真剣な面持ちで階段へと足を踏み入れる。大地に続き、イリス、イリアといった順番だ。
中は薄暗く、所々にコケがついている。空気が湿っており臭いもきつい。数年間、いや、数十年間人が踏みいったことがないとは事実のようだ。
数分ほど階段を降りるとそこには縦横五十メートルほどの広大なドーム状の部屋があった。何か出てきそうなのを雰囲気で察知し、三者構える。そして、数秒後、
「グゥアォォォォォ」
激しい轟音と咆哮が頭上から聞こえてくる。刹那、目の前にドラゴンが落ちてきた。渓谷で見たドラゴンよりも一回りほど小さいドラゴンだ。その体は黒く硬い鱗におおわれており、目は一度見つめられれば逃れられないほどの力を放っている。羽はなく飛ぶことは出来ないようだが、爪は岩でさえも豆腐のように切れてしまいそうな鋭いものであった。
「ちっ。最初っから飛ばしてるな。ここの支配者は」
「ドラゴン」
「あまりいい思いではありませんね」
三者それぞれの圧巻である。ドラゴンとは非常に珍しく、獰猛だが滅多に会えないため、一種の名物のようにもなっている。それが、短期間で二回も目にすることになるとは相当珍しいことなのだ。だが、三人ともそうは思っていないようだ。
「いくぞ」
大地の掛け声を合図に正三角形を描くようにドラゴンを囲む、そして、構える。
「グゥアォォォォォォォォォォ」
咆哮と共にイリスへと向かっていくドラゴン。イリスはそれを土系魔法で壁を作ることで相殺。そこにすかさずイリアの炎魔法、大地の身体強化二倍でのかかと落としをお見舞いする。だが案の定これだけでは死なない。ドラゴンはイリアの方へ振り替えると大きく息を吸いだした。そして、溜め込んだ息を一気に吐き出すとマグマにも似た業火が迫り来る。
「そんなの対策済みだ」
大地はイリスのもとへと駆け寄ると酸素を無くし二酸化炭素を集めた。炎は酸素がないと燃えない。これを利用し、ドラゴンの炎を相殺したのだ。
「へ、どうだ」
「どうだじゃないです。死にかけました」
どうやらイリアは息を吐ききってから二酸化炭素に包まれたせいで息ができなかったようだ。まあ、死んでもすぐに生き返るが。
「説教はあとだ。次来るぞ」
「もう・・・」
炎を防がれたドラゴンは今度は手足にくっついている立派な爪で切りかかってきた。イリアと大地はそれぞれの左右にかわす。
「みえみえなんだよ」
「単純です」
余裕の笑みを浮かべ体制を立て直す大地達はその表情が余裕から戦慄へと変わった。
さっきまで大地とイリアのいたところは、痛々しいほどの大きな爪跡が残っていた。どうやらこのドラゴンにはドラゴン特有の魔法が使えるようだ。
「お前達。あいつ、何かの魔法を使えるみたいだ。油断するな」
「言われなくても」
「大丈夫です」
素早く確認を済ませると、ドラゴンも体制を立て直し、こちらに向かって突進を開始した。あまりの単調な攻撃に呆れた大地達。ひょいとかわすと、かわした直前を狙ったかのようにドラゴンの尻尾が降り下ろされた。その攻撃は大地に直撃し壁に叩きつけられた。その衝撃で壁の一部がバラバラに壊れてしまっている。
「っっは。ゴホゴホ。くそが」
「「大地」」
吹き飛ばされた大地を心配しドラゴンへの注意を疎かにした。だが、相手は注意を疎かにしていい相手ではなかった。注意の削がれたイリス達めがけて炎を吹きかけた。先程よりのよりも威力は劣るものの中級魔法レベルの攻撃をまともに食らえば、いくら吸血鬼といえどただではすまない。
「絶対零度」
「あああ・・・・・」
イリアは魔法により難を逃れたがイリスはもろに受けてしまい床を転がった。体からはシュゥゥゥと煙が上がっており、所々に火傷の跡がある。
「お姉ちゃん」
床に転がるイリスに向かって一直線に走っていくイリア。しかしドラゴンはそれを阻む。
「グゥアォォォォォォォォォォ」
轟音にも似た咆哮をあげ、その身を真っ赤に染める。黒かった体はじわじわと赤色に染まり、グググっと大きくなっていく。
「グルルルル」
今までとは違い、体は渓谷で見たドラゴンよりも一回りも二回りも大きい。体はジュゥゥゥと高熱を発しており、岩でできた床がどろどろと溶けていく。表面温度はマグマと同等。触れば死。魔法は無効。勝ち目は無いに等しかった。しかし
「まだだ。まだ終わってない」
「大地、無茶だよ。逃げないと本当に死ぬ」
「ここは引きましょう。相手が強すぎます。そのうえ支配者はこれよりも圧倒的に強い。勝つことは不可能です」
「うるさい。お前達は逃げろ。こいつは俺がぶっ殺す」
大地は体を押さえながらも、その目は殺気と意地で溢れていた。本気でこのドラゴンを殺すつもりのようだ。イリスとイリアを押しきってでも殺そうとするその姿勢は無謀以外に他ならなかった。もっとも、それだけではないようだが。
だが、痛みと死への恐怖も重なったせいか、その無謀な行為がイリス達には衝撃的だったようだ。雷を打たれたように硬直すると、キッと体を引き締めて立ち上がった。
「大地一人にそんなことはさせない」
「大地・・さん。私達は仲間じゃないですか」
「全く。・・・・・勝手にしろ」
しばらく考えると諦めたようにぶっきらぼうに言った。その言葉にパアッと表情を明るくするイリス達。
「指示は俺がだす。絶対にぶっ殺す」
「うん」
「はい」
気力に満ちた表情でイリス達はドラゴンの前に立つ。大地はその後ろで指示をだす。
「絶対零度。全力で叩き込め」
大地からの指示が出ると、イリス達はお互いに顔を見合せ、声を揃え全力で、
「「絶対零度」」
二人の魔法がひとつになる。その威力は上級魔法を軽く超え、ドラゴンの腹部に力強くぶち当たった。さしものドラゴンもこの魔法には対応しきれないようで、腹部含めその付近がどんどんと元の黒色に戻っていく。温度が下がっているのだ。そこへ
「もういいぞ」
一瞬戸惑ったようだが、魔法を中断する。理解できていないようだが、説明している暇はない。ドラゴンは再度体を高温で熱し始め、ゆっくりとこちらへと向かってくる。
「よし、絶対零度。行け」
またも、よくわからない指示に困惑するがとにかく魔法を発動する。イリス達には理解できていないようだが、大地には明確にそれがわかっていた。
「「絶対零度」」
再び繰り出された冷気の嵐はドラゴンに狙いたがわず当たり、赤い部分を黒く染めていく。表面温度が下がると
「いいぞ」
二人はなにも言わずに大地に従った。考えても無駄だと悟ったのか指示に徹底することにしたようだ。サッと魔法を止め、次の備えた。
しかし、ドラゴンもやられるだけではない。大きく息をする。赤いからだの腹部がオレンジ色へと変化していく。そしてどんどんと白へと変化していき溜め込んだものを一気にぶちまけた。
「無駄だ」
しかし、大地の前ではそんなものは無意味。酸素がなくては炎を燃えない。イリス達の一メートルほど前に縦横五メートルの大きさで酸素を無くし二酸化炭素を集めた。炎はイリス達に届くことなく消滅していく。
「グルルルル」
悔しそうな声をあげ、怒りをあらわにするドラゴン。体がビキビキと音をたてている。しかし、それが引き金となり、ピシッと音がする。
「グァァ」
わずかな静寂が訪れる。ドラゴン自身もすぐには理解できなかったようだ。ドラゴンの腹部には大きな亀裂が入っているのだ。イリス達もそれを理解できないようだ。なぜ、亀裂が入ったのか。唯一理解できたのは大地だけであった。
「二人とも、下がれ後は俺がやる」
「あ、う、うん。気を付けて」
「あ、あまり無理はしないでください」
サッと後ろへ下がるとイリス達。それと入れ替わるように前に出る大地。そして、
「身体強化、十倍。オォォォラァァァァァァァァァァ」
身体強化を施し、亀裂の入った部分へ向けて、強烈な拳を叩き込んだ。それと同時に大地の手がグチャグチャに弾けとんだ。
「大地。手が」
「グッ。想定内だ」
イリスが叫ぶが想定内と言い返す。その想定外の言葉に唖然とするイリス達。しかし、お構いなしに大地は続ける。
「身体強化、二十倍。ハァァァァァァァァァァ」
そして大地は吹き飛んでない方の手で更に身体強化は施し攻撃。案の定腕が吹き飛ぶ。しかし、もう一方の手はすでに再生を終え、元の腕に戻っていた。
二発の強力な拳を受け、ズザァァァァァと後ろに押されるドラゴン。大地はそこに更に追い討ちをかける。
「身体強化、三十倍。ッッッッッグ」
再生された手で更に攻撃をする。グチャグチャに弾けた手を引っ込める。そして、その間に再生のすんだもう一方の手をだす。
「身体強化、四十倍、五十倍、六十倍、七十倍、八十倍、九十倍、百倍。アアアアアアアアアア」
再生と破壊を繰り返し身体強化を徐々に強くして拳を叩き込み続ける。ドラゴンの腹部の鱗はすでにバラバラに砕け散っていた。そのまま、壁に叩きつけられ腹部に強烈な拳を受け続ける。そのたびに壁がどんどんと壊れていく。もはや部屋全体が揺れていると言っても過言ではない。反撃の隙は与えられない。そして
「グゥアォォォォォォォォォォォォォォォ・・ォ・・・・ォ・・・」
今までよりも大きな、そして凄まじい咆哮をあげたドラゴンは、その後パタリと動かなくなり、重々しい音と共に床に倒れた。
「へへ、ざまあみろ」
そう言った大地も力なく床に倒れこんだ。そこへ二人の少女が駆け寄る。何か言っているようだ。しかし、残念なことに今の大地は魔力消費が激しすぎてもはや意識を保つことは困難。そのままゆっくりと目を閉じ深い深い眠りへと落ちていった。