女王
「ふぁ。もう、朝か」
旅館にて目を覚ます大地。窓から差し込む光が心地よい。
「イリス達、はまだ寝てるのか」
イリス達に目を向けると、可愛らしい寝顔がそこにあった。どうやらまだ寝ているようなので、起こさずに旅館を出る。
「ご主人様。おはようございます」
「あぁ、おはよう」
アルビノの奴隷だ。一番年上の少女。名前はつけてもらってないそうだ。
「ずいぶんと早いな」
「奴隷時代には、早起きは当たり前でしたから」
「・・・そうか」
この少女の過去を想像すると胸が痛む。
「どこへ行くんですか?」
「ちょっと入り江にな」
「あの、もしよろしければ」
もじもじとしながら、顔を紅潮させる少女。そして、上目遣いで大地にそれを告げた。
「私も、ご一緒しても、いい、ですか?」
「あぁ、構わない」
「ありがとうございます」
大地からの許可を得ると、ぱぁぁぁっと表情が明るくなる。
奴隷の少女を引き連れ、浜を歩く。この時、地味に二人は手をつないでいる。少女からの要望だ。
「そういえば、お前名前が無かったんだよな」
「はい。人工的に産み出されたので、番号で呼ばれてました」
「何番だったんだ?」
「コードナンバー9351、でした」
数秒、うぅぅんと悩んだ大地は、冗談を言うように、
「じゃぁ、お前の名前は今日からルナだ」
「名前なんて。私なんかがつけてもらう価値は」
「主の命令が聞けないのか?」
「・・・はい。では、今日から私のことはルナとお呼びください」
自分には名前をつけてもらう価値なんてない。そんな少女に、大地は名前をあげた。少女も満更ではないようで、体が少し弾んでいる。
「さて、入り江についたぞ」
入り江につくと、大地は浜辺に腰をおろした。そのすぐとなりに少女、もといルナも腰を下ろす。
「ご主人様。私は、ルナは、あなたの奴隷で、とても光栄です」
「どうした?急に」
「なんでもありません」
叶わなくてもいい。そんな儚い夢は、恐らく誰にも知られないだろう。例え、誰かに知られても、それは所詮夢。叶うはずがない、叶ってはいけない夢なのだ。
その事実を理解した上で、ルナは優しく微笑んでいるのだ。大地に向けるその笑顔は、一片の邪念も混ざりようがないほど、綺麗だった。
「そろそろ戻るか」
「はい。そうですね」
大地とルナが帰還。笑顔でルナと別れると、大地は部屋に、戻らなかった。
「・・・・・・・・・・」
もう一度外に出る。そして、周囲をくるりと見回すと、突然、街の方にチタン合金を構えた。
「あの建物か」
大地のいう建物。七階建ての建物だ。そこそこ大きいその建物に向かって、大地は超電磁砲を放った。
距離はおよそ二百五十メートル。そんな遠くの建物の屋上に向かって、大地は一直線に超電磁砲を撃った。
大地には見えていた。そこに何があったのかを。正確には、何がいたのかを。
「強化四倍。ふんっ」
強化を四倍にし、その建物へと走る。時間にして六秒ほどでついただろか。
「こそこそと何をしている」
屋上のいたのはメイドだった。黒髪で小さな少女は、いきなり現れた少年を前にして、驚くどころか抱きついてきた。
「ずっと、ずっと会いたかったです。大地さん」
「どういうことだ?」
記憶を遡っていく。ずっと、会いたかったということは過去に会っているということだろう。必死に記憶を辿っていると、
「覚えていますか?」
「思い出した」
そう。大地はこの少女を知っている。かつて、大地がこの世界に来たときに、この少女だけが大地を見てくれた。
「アリア、だったな」
「そうです。国王様に仕えておりましたが、国王様が謎の攻撃により亡くなられ、残された遺言によって私が女王となったのです」
「お前が、女王に?」
「はい」
話が飛躍しすぎて、大地の脳が追い付かない。
要約すると、死んだ国王が残した遺言によって、アリアが新たな女王になったのだ。謎の攻撃というのは、恐らく大地の超電磁砲だろう。
「だから、女王命令です。今すぐ帝国に戻りましょう」
「なるほど。俺を連れ戻すためにここまで来たのか」
「はい。帝国に来れば、決して不自由はさせません。だから、戻りましょう」
「だが断る」
アリアからの要求をきっぱりと断る。アリアは信じられないといった顔だ。
「なぜですか?」
「やりたいことがあるからな」
「はぁ、仕方ないですね」
パチンとアリアが指をならすと、周囲の建物の屋上に数十という魔法使いが現れた。
「手荒なことはしたくありません」
「力ずくか」
「失礼ですが、あなたのステータスは決して高くはなかった。よく考えてください」
「考えなんて、最初から決まってる」
「賢明な判断です」
ニヤリと笑った大地は、チタン合金をアリアに向かって構える。何をされるかわからないアリアは困惑の表情を浮かべるが、それは次の瞬間、キョウフヘト変わった。
「超電磁砲」
秒速七キロで打ち出されたチタン合金は、アリアの髪をかすめ、背後の魔法使いをぶち抜いた。
「あの時とは比べ物にならない。成長したんですね」
「俺を帝国に戻したければ、もっと強い魔法使いが必要だな」
「数はこちらの方が有利です」
アリアは再度パチンと指を鳴らす。それを合図に、数十の魔法使いは、一斉に攻撃を開始した。
「上級魔法か。そこそこだな」
迫り来る魔法をすべて右手で打ち消し、十秒に一回くらいで超級魔法をぶちこむ。
大地の超級魔法は異常だ。人間の使う超級魔法の二倍。それ以上かも知れない。そんな超級魔法に当たれば、人間の体はどうなるだろうか。
「ぐっ」
なんとなく予想はつくだろう。大きすぎる力に耐えられなかった体は、グチャグチャに飛散する。
数分後。
「くっ。まさか全員倒されてしまうとは。予想外でした」
「俺は、帝国に戻る気はない」
「・・・・・また来ます。覚悟しておいてくださいね」
それだけ言い残し、アリアは去っていった。
「ちょっと帝国に寄ってみるか」
ボソリと呟く。大地の表情は、なんとも言えない微妙な雰囲気を漂わせた。
「イリス達が起きるまでおよそ一時間。帝国に行く時間は余裕である」
大地の考えはまとまった。帝国に行く。それ以外の選択肢はない。
「人間超電磁砲」
爆風にもにた風を引き起こし、大地は帝国へと向かった。時間にすると二十秒もかからないだろう。
「首が折れちまったじゃねぇか」
簡単に首が折れてしまう。人間超電磁砲の速度が計り知れない。
「外観は元通りだな。復興はすでに終わったみたいだ」
大地と前国王との戦闘で壊れてしまった城や民家は、すでに復興が終わっている。仕事の早さに感心していると、
「一人だけやけにでかい反応がある」
探知をかけてみたところ、ひとつだけ強い魔力反応があった。それも、大地に勝るとも劣らない大きな反応だ。
「行くしかないな」
気になったので潜入。屋根をピョンピョンと飛び越えていき、城に到達。ここの最上階にそれの反応があるのだ。
「外壁を登るのは気付かれる可能性があるからな。城内からいくか」
壁を錬成し、城内へと侵入。見張りは少く、巡回の頻度も低い。不用心すぎるにもほどがあるだろうとツッコミたくなる。
「ここが、最上階か」
見張りが少ないので楽にたどり着くことができた。ドアの前にたち、勢いよくドアを開けた。
「え?」
「なっ」
中にいたのは形容しがたい化け物だった。何重もの鎖で拘束され、叫べないように口には物が押し込んであった。
「大地さん。なぜここに」
化け物の他にも、そこには数々の秀才らしき魔法使いがいた。傍らにはアリア。この怪物を管理しているのだろうか。
「見てしまいましたね。これを」
「なんだこれは」
全身が液体のような個体のような輪郭が不鮮明な姿、至るところから伸びる多くの触手、口らしきところには大きな牙が不規則に並んでいる。
この化け物をアリアはどうしようというのだろうか。
「これは前国王様の一部で作った生物兵器です」
「あの時の超電磁砲で一部切り離しちまったのか」
超電磁砲体の一部が残ってしまったのだ。それを使い、アリアはこの怪物を産み出した。
「そうですね。最初は大地さんに実験してもらいましょう」
「何を言ってるんだ?」
「鎖を解きなさい」
アリアが魔法使いに指示をする。鎖を解く。すなわち、この怪物を自由にするということだ。
「アァァアアァアアアァァ」
気味の悪い声をあげる怪物。国王の一部ということなので国王もどきと名付けよう。
「遅いな」
動きは遅い。カタツムリといい勝負だ。と、あまりの遅さに油断していると、
「アッ」
秒速四キロはあるだろう。ものすごい速さで触手を放ってきた。
「がぁっ」
反応が遅れる。もろに攻撃を食らい、壁に投げ飛ばされた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
多くの触手を連続で大地に放つ。さながらマシンガンのようだ。
「くっ」
うまく受け流し、触手の攻撃を脱する。
「電槍っ」
すぐさま電槍を放つ。ギュンと放たれた電槍は、国王もどきの触手を五本ほどぶちぶちと引きちぎった。
「フフフ。大地さん、生きていられますか?」
化け物の背後で笑うアリア。怒りと喜びの入り交じった表情、狂いそうなアリアは、不気味に大地を見つめていた。




