白竜
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ」
「俺の右腕舐めんなっ」
白竜の吐いた炎は、大地の右腕に当たった瞬間、影も形も消え去った。
「超級魔法、水界っ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
炎を消されたことに動揺しているのか、大地の水界を受け流すことが出来なかった。
水界をもろに受けた白竜は数メートルほど後退した。超級魔法でも数メートル後退させる程度。白竜の強さは底知れない。
「ガァッ、ガァッ、ガァッ、ガァッ、ガァッ、ガァッ、」
炎の攻撃は無駄と悟ったのか、白竜は持ち前の長い尾を器用に振り回してくる。
「ふんっ、はっ、よっ、ぐっ、おらっ」
放たれる尾を器用にかわす。すると、白竜は大きく息を吸いだした。ただ炎を吐くだけではないことは分かる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ」
「なっ」
白竜の口から吐き出されたのは、どす黒い淀んだ炎だった。一度ラミアを殺した、あの炎だ。
「くそが」
右腕を出す。黒い炎は一直線に大地の右腕へと直撃した。
「ぐっっっ。強い」
右腕に直撃した黒い炎は、周囲に飛散し、壁や天井を破壊していく。
「くそ。舐めやがって」
腕輪から刀を取り出すと、強化を十二倍に引き上げ、放電で刀を電撃の剣と変える。さらに、超級魔法、雷殺で電撃の剣を雷撃の剣へと変化させる。
「ぶっっっころしてやるっ」
速度にすると、秒速二キロ。音速の約六倍。マッハ六のスピードで白竜の胸部に突進する。
「おらっ」
「ガアッ」
音速の六倍で雷撃の剣が突進したのだ。一メートル八十センチの刀が根本まで深々と刺さる。
「内側から電撃で焦がしてやるぜ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
バチバチと電気を散らしながら、白竜の内部に電気を流す。
内側から流された電気に白竜は抵抗できない。どんどんと胸部周辺が焦げていく。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
突然、白竜は全身を発光させた。いや、発熱させた。
「あっつ」
急ぎ刀を抜き、白竜から距離を取る。
「これはまずいな」
白竜は全身を発熱させる。ジュワジュワと湯気が出ており、大きさは二まわりも大きくなっている。そして、熱のせいで白竜の体が紅く光っている。
「これじゃ、白竜じゃなくて赤竜じゃねぇか」
「ガアッ」
「なっ」
単発で飛ばされた炎の弾は、白竜の時よりも速い。
それを避けきれなかった大地は、左腕を失った。
「まぁ、すぐ再生するけどな」
少々ピンチだ。熱すぎる赤竜の足元は岩が溶け溶岩となっている。
「いいじゃねぇか。だったらこっちも全力いかせてもらうぞ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
物凄いスピードで突進してきた赤竜をさらりとかわす大地。
「強化二十倍、感覚操作、全身の神経の伝達を消す。放電、雷殺、電槍、聖水、水界。本気で行くぜ」
感覚操作で全身の神経の伝達を無くす。こうすることで、痛みを感じない。
放電と雷殺、電槍で刀を雷電の剣へと変える。すると、物凄い熱が発生してしまう。その熱を聖水と水界で抑える。無論、おびただしいまでの水蒸気が発生するが。
「ああああああああああ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
真っ正面から赤竜に突撃した大地は、雷電の剣で赤竜の体を裂いていく。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオォラッ」
赤竜の体を器用に走りながら切り裂いていく。吹き出す血は熱で蒸発していく。
「ガアッ」
さすがに赤竜もやられているだけではない。自分の体に向かって炎を放つ。
「ふんっ」
うまく体をひねり、なんとか炎を回避し地面に着地する。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
着地した瞬間を狙って、赤竜は尾を振り下ろした。
「くっ」
サッと横に飛び、尾を回避したが、それすら狙われたように、炎の塊が放たれた。
「オラァッ」
迫り来る炎の塊を雷電の剣で真っ二つに切り裂く。すると、同時に炎の塊が爆発する。
「ガァァァァァ」
様子を伺うように身を前に屈めた瞬間、炎の中から大地が飛び出してきた。
「ガァッ」
「遅いっ」
炎を吐こうとした赤竜だが、遅すぎた。雷電の剣が赤竜の口にぶちこまれた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
「ぐあぁっ」
喉元から、大量の血と炎が吹き出す。それに呑まれぬよう口から脱出する大地。
いくら喉から血が出ていたり、炎が吹き出していても、赤竜は死なない。尾を叩きつけるように大地に放つ。
「がっ」
もろにヒットした大地は一直線に壁に吹き飛ばされる。
「まだ死なねぇよ」
だが、壁に着弾するのと同時に壁を蹴り、赤竜の左目をぶっ刺す。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
目に刺さった刀を手で取ろうと大地をつかむ。
「しまったっ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
グッと力が入る。ゴキッという音と共に大地の腰が折れる。
「痛みは感じねぇ。あんまり調子にのるなよっ」
掴まれた赤竜の指を弾き、脱出すると、素早く指を切り落とした。
「ふんっ」
着地と同時に再度赤竜に斬りかかる。高速で斬りかかっていく。図体のでかい赤竜は狙いやすい。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ」
最後の一太刀。首に向かって雷電の剣を凪ぎ払うように斬りかかった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
「まだやるってのかっ」
首を半分以上も切ったにも関わらず赤竜は死なない。
「くそが。これで終わりにしてやるよ。俺の最強のレールガンだぁぁぁぁぁ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアア」
部屋中が真っ白な光に包まれるのと同時に、赤竜は白竜に戻り、胸部には痛々しい大穴が空いていた。無論、死んでいる。
「ざま、み、ろ」
かくいう大地も、力の使いすぎで意識がプツンと切れてしまった。
糸の切れたマリオネットのように倒れる。もはや体力は残っていない。
「大地っ」
「大丈夫ですか?」
「おにいちゃん、また力を使いすぎたの?」
「こいつは、私の仇」
「すごい。こいつを倒すなんて天才なの」
イリス達の到着だ。白竜が移動したせいで正確な場所が掴めなかったみたいだ。
「とりあえず、地上に運ばないと」
「手伝います」
小さな手で大地を地上まで運んだ。途中、魔獣に襲われたりもしたが大地の魔道具により瞬殺だった。
「大地、大地っ」
「んんんんん」
イリスの呼び掛けにうっすらと目を開ける。目の前の景色に困惑していると、
「大地、あの白竜を倒しちゃうなんてすごいね」
「はい。鳥肌が立ちました」
「さすがおにいちゃん。どれだけすごかったのか想像できないよ」
「仇を打ってくれたことには感謝するわ。ぁりがと」
「私が支配者だったころ、白竜は誰にも殺せないと思ってたのに」
浴びせられる称賛の声は、どれも心地よかった。だが、大きな疑問が浮上した。
「なんであそこで白竜が出たんだ」
「そうだね。誰かが命令を出さないと動かないはずなのに」
レイアは理解しているようだ。元支配者ということもあって白竜には詳しいのだろう。
「誰かが命令をしたのか」
「それも支配者級のだれかが」
大地達が頭を抱えていると、一人の少女の声がそれらを阻害する。
「それは妾のことかのぅ」
突然上からかかる声。驚いてそちらを見ると、木の上に誰かがいる。
「誰だ」
「支配者といった方がわかりやすかろぅ」
木の上の少女は支配者と名乗る。
「支配者は試練の場から出られないんじゃなかったのか?」
「それはいつの話かのぅ。今となってはそんなもの、無いに等しいわ」
「どういうことだ」
「支配者が外に出られないのは結界があるからじゃ。じゃが、千歳を越えてしまえば結界など破れてしまうのじゃ」
盲点だった。支配者が外に出られないものとばかり思っていたからだ。いま大地には戦うだけの体力は残っていない。かといってイリス達に戦わせるとなると、色々心配事がある。
「そう強ばるでない。なにも捕って食おうというわけではない。ただ、ちっとばかし相談があっての」
「相談、だと」
「なぁに、簡単なことじゃ」
ニヤリと妖艶に微笑む少女は、ふわりと大地の目の前に降り立つ。
「ちょっと二人で話をさせてくれんか?」
それだけ言い残し、支配者と大地の姿はサッと消えた。
「ここは?」
「妾が作った空間じゃ」
「相談とはなんだ」
「妾を支配者の呪縛から解放してほしいのじゃ」
驚きの相談だった。和服姿の小さな少女は、のじゃのじゃと大地にあり得ない提案をしたのだ。
「つまり、殺せと?」
「そうじゃ」
「殺さなくても、お前が負けを認めればいいんじゃないか?」
「それじゃダメなのじゃ。負けても新しい支配者がいなければ、支配者をやめることは出来ん」
難解だ。支配者のことをよく知らない大地にとって、これはほぼ解決不可能な問題だ。
「お前は支配者でも外に出られるんだろう?何が問題なんだ」
「支配者は強い。だから、誰も妾の相手をしてくれんのじゃ」
「つまりは、寂しいからってことか」
「そうじゃな。昔はたくさん挑戦者がおった。じゃが、ここ七百年は誰もおらん」
「七百年間も」
「そうじゃ。もはや生きることに興味はない。せめて、最後に全力で戦って死にたいのじゃ」
支配者にしてはなぜか恐怖感を抱けない。むしろ、大地は助けてやりたいと思ったほどだ。
「わかった。俺なりのやり方で、お前を殺す」
「礼をいうぞ」
「試練の場はどこだ」
「海じゃ。荒れ狂うピュロス海の孤島で待っておる」
「かならず、殺しにいくからな」
最後にふっと笑うと、周りの景色と共に、支配者は消えていた。
「ピュロス海か。なんとか、できないのか」
孤独な支配者。なんとかして助けたい大地の思いは、誰にも悟られず、ひっそりと胸の奥に隠れていた。




